第二十二話
「食事」

 多数の船が沈んでいる浅瀬には沢山の魚が泳いでいる。魚を狙う鳥も多く、静かに佇んでいると、この地が生き物の息吹で満ちているのが分かった。
 歌の一つも歌いたいところだが、今はそれどころではない。

 友達。

 友達と言っても何したらいいか分からない。そう思っていたら頭の中から声が聞こえた。
“何を固まっているんだ?”
“うるさいうるさい。今から行動しようと思っていたのよ”
 ハママツは顔をあげて、真っ赤になっておろおろしているナガシノを見た。どうしようかと思っていたのは、向こうも同じらしい。
「えーと、ここ、他に人がいないの?」
「あ、うん。いないんだ。私も実際に人を見るのは初めてだ」
 ナガシノはそう言った。
「え、一人でどうやって生きてきたの?」
「一人じゃない。姉がいる」
 白い戦闘騎が軽く頷いた。そうか。いや、そうなのかもしれないけれど。
「それでも一人ってすごいね」
「だから、姉がいる」
「あ、うん。二人ってすごいね」
 ハママツは自分の顔を両手で覆った。
「言い間違った。ごめん」
「いや、別に……ハママツは沢山の人と一緒に生きてきたのか」
「うん。沢山。3000人とか言ってたなあ」
「3000。合戦が出来そうだな」
「合戦って、なに?」
「集団戦だ。それだけあれば周辺の戦闘騎を駆逐することができるだろう」
 その発想はなかった。いや、戦うなんてとんでもない。自分も含めて村の人間は全員が戦闘騎から逃げることばかりを考えていて、戦うことなんて夢にも思いつかなかった。
 なにせ相手は戦うために作られた存在だ。
「む、無理だよ。戦うなんか」
「無理ではない。無傷ではいられないだろうが」
 人減らしで下に落ちるのと、どっちがいいかをハママツは考えた。どっちもイヤだ。

 目を細めて背後に座っていた白い戦闘騎、シタラが口を開いた。
「戦わないで住めるのなら、それでいいでしょう」
 助け船らしい。ハママツはほっとして頭を下げた。
「それで、二人で何もかもやってるの?」
 そう尋ねると、ナガシノは首をかしげた。
「3000人で戦いもせずに何をやってるんだ?」
「何って。生きるために農業したり、猟をしたり。編み物したり」
「そんなに大人数が必要なのか」
「いやいや」
 あー。ハママツはナガシノの顔を見た。ナガシノは不思議そう。
「そうか。今までずっと、二人だったもんね。沢山いると楽だよ。そればっかりやっている専門家もいるし。風邪引いても大丈夫だし」
 ナガシノは良く分かっていなさそう。シタラが微笑んでいる。
「そうそう、そんな感じでこの娘に色々教えてね。集団生活のこととか」
「そんなの知ってどうするの? おねえちゃん」
「一人では繁殖できないでしょ」
 ナガシノは顔を赤くしたが、それはハママツも同じだった。シタラはころころと笑っている。
「減った分は増えるべきでしょう。それはそれとして、食事にしましょう」

 食事は絶技で焼いた魚の丸焼きだった。よく太った魚で、脂が乗っておいしそう。
 ハママツが魚を食べるのは初めてで、食べるに当たっては少々勇気と観察を必要とした。
「ほうひたのだ?」
「食べながら喋らない」
 シタラは尻尾でナガシノの頭をはたきながら言った。自身は魚を空中に放り投げて一呑みしている。身体のサイズがそもそも違った。
“大丈夫だ。食べられる”
“うるさいうるさい。分かってるわよ。それぐらい”
 フジマエへの反発心から勢いつけて一かじり。あ、確かにおいしい気がする。斬新な味だ。
「魚ってこんな味するんだ」
「そっちには魚、いないのか」
「うん。山の中だし」
 しかもこんなものがうようよ泳いでいるときている。ここならもっと、人減らしとか考えずに生きていけるかもしれない。
 神妙に魚を食べる。この食べ物には弱点がある。骨が痛い。慎重に指でとって食べていたらナガシノに笑われた。ちょっと甘い顔をしている。
「初めてだから仕方ないでしょ」
「だって面白い」
「見てなさいよ。そのうち山でしか食べられないもの食べさせるから。鳥とか」
「鳥なら銃の練習に獲るな」
「じゃあ、鳥鍋」
「……なんだその凶々しい響きの食べ物は」
「うまいよ」
 突然頭の中でフジマエが騒ぎだした。
“くそ、なんで僕はコンビニ飯なんだ”
“あによそれ”
“なんでもない。うまいか”
“まあね。そっちじゃ食べれないの?”
“食べられるが、今はハンバーガーだ”
“なんか分かんないけどそっちも大変なのね”

 そこまで会話したところでハママツは一つの不思議に思い当たった。ナガシノを見る。
「そういえば、フジマエじゃなかった。 NEFCO ネフコ ? は誰がついているの?」
「んん? どういうことだ」

「つまり 標霊 ひょうれい のことなんだけど」
「余計に難しい」
“フジマエ、どう言えばいいの?”
“日本の誰と連絡しているのか、だな。こっちで調べて教えてやってもいいが”
“いらない”
“なんだその態度!”
「ニホンの誰と連絡しているの?」
「おじいちゃんやおばあちゃんとだが。20人くらいはいるかな」
「え。そんなにいて頭痛くならない?」
「頭?」
 ナガシノは首を傾げながら海で手を洗った。
「こっちだ」