第二十一話
「友達」

 ハママツは夢を見ていた。フジマエを思う存分ポカポカする夢だったが、よく考えれば食べ物を無限に食べる夢の方が良かった気がした。
 目が、不意に覚める。汗が噴き出す。周囲を見る。見知らぬ古い建物の中だった。建物の中にまで蔦が伸びている。
 戦闘騎は、いなかった。そう、そうだ。助けられたのだった。脱力してもう一度床に倒れこみ、今度はいい夢を見ようと寝ようとした。
 虚空を見る。小うるさい説教の声がない。急に不安になってもう一度周囲を見る。荷物だけでなく、どこかにフジマエを落としてしまっていたらどうしよう。
 あんな奴でも旅の道連れではあった。でもどうしたことだろう。こちらから声をかけて呼び出すのは、憚られた。

 立ち上がり、歩く。大丈夫。脚は萎えていない。長靴と楽器を抱いて、部屋から出た。潮の匂いがして波の音がする。通路を左に見れば光がある。光の方にあるいて、目を細めた。潮風が頬にあたる。

 目に映るのは、波も静かな海だった。浅瀬が続いており、そこにはたくさんの木造の平底船がこちらに船首を向けて沈んでいた。
 周囲を見る。絶技でえぐれた山を、木々が癒そうと覆いつくそうとしている。鳥の声が聞こえた。
「フジマエ、見える? 海だ。私たち、海まで来たよ」
“フジマエは席を外しています。僕は 艦橋 かんばし 、そこはこちらの世界で言う 長篠設楽原 ながしのしたらがはら PAとほぼ同一の座標です”
 良く分からない言葉は、とりあえず捨て置き、ハママツは不安そうに周囲を見た。
“フジマエは?”
“フジマエさんは怒られて休んでいます。あなたの傍から離れたくないみたいで”
“フジマエはどこ?”
“えーと。あ、ちょっと待ってください”
 しばし、頭の中で雑音がした後、不意に聞きなれた声がした。
“僕を捜しているって?”
 コンマ1秒でハママツの眉が跳ね上がった。
「誰が探すもんですか。バッカじゃないの!?」
 思わず大声が出た。
“ああそうかい。残念だったな。ここから12時間は僕が相手だ”
“憂鬱な時間が12時間あるってことね”
“なんだと!”
“うるさいうるさい、悪霊は黙ってて”
“誰が黙るか。身体は大丈夫か、怪我は? 腹減ってないか”
“お腹空いた。……怪我は、そっちから見えてるんじゃないの?”
“見てもいいのか”
“ちょっとまって”

 ハママツはあわてて自分の格好を見た。大変なことになっていることに気づいて全力で走って戻る。乙女として危ない。
 走って戻り、色々忘れ物を装備して、寝ている間に乱れていたあれそれを直し、長靴も履いて何事もなかったかのように息を整え、面倒くさそうに声を出す。

「いいわよ」
 おお、と声があがった。腰に手をあてて胸を張るハママツ。
“綺麗でしょ”
“なんでお前が偉そうなんだ”
“うるさいうるさい。何よその言い方。嫌なら見ないで”
“うーむ。見事な風景だな。確かに観光資源にしたいというのも分かる気がするな”
“なんのこと?”
“ナガシノさんについている応援団というか、なんというか。まあ、 標霊 ひょうれい みたいなものだな”
“お金儲け?”
“どうかなぁ、あの人たちは儲けでてもナガシノさんに全部貢いでいるだろうし”
 そういえば、自分を助けてくれた恩人のことを忘れていた。半ば自己嫌悪に陥りながら、周囲を見た。
 いた。
 海岸で刀を振っているナガシノがいる。
 傍では微動だにせず、水面を見ている白い戦闘騎、シタラもいる。
 走って階段を下り、崩れた穴から出て海岸に出た。
 シタラは前脚で水面をはたいて魚を一匹釣り上げた。
「目が覚めたようだな」
「あ、うん。ありがとう。助けてくれて」
 これこそ最初に言うべきであった。背中まで見える勢いでハママツは頭を下げた。
 ナガシノは微笑んだ。
「いや、礼は NEFCO ネフコ に言うといい。そちらが来ることが分かっていたから駆けつけることもできた」
“ほんとに!?”
 頭の中でハママツは尋ねた。フジマエの声が聞こえる。
“本当だ。ただ、あそこまで進出してくれるとは思っていなかった。計画では10km地点まで進出してくれるはずだった”
 つまりは心配して危険を省みず足を延ばして探してくれたわけだ。お陰で助かった。
 ハママツは頭を下げた。
「本当にありがとう。お礼できるといいんだけど」
「いらぬ」
 そう言ったナガシノにかぶさるように、シタラが顔を出した。
「それなら妹の友達になって欲しい」
「ちょっと、おねえちゃん!」
 甘い顔を少し怒らせてナガシノはそう言った後、不意に横を見た。
「気にしないで頂きたい。姉は心配性なのだ」
「人にあんまり慣れてなくて」
「だからおねえちゃんは黙ってて」
“シタラって、フジマエに似てるわ”
“僕は魔法なんか使えないぞ”
“なにそれ、絶技のこと?”
“そっちじゃ、そう言うらしいな。ちなみにどこが似てるんだ”
“おせっかいなところ”
“心配なんだ”
 不意にハママツは顔を赤くした。
“は? 心配なんていらないし”
“なんだと!?”
“ああもう、うるさいうるさい。それはそれとして、えっと、どうしよう。友達になっていいよね”
“そこは相談なんかしないでいい”
“相談しないと怒るくせに”
“場合によるだろ。友達は相談してなるもんじゃない。自分で決めろ”
“分かってるわよ。それぐらい”
 友達。友達。あえて言われると、なんか難しい。ハママツの乏しい経験では、友達になろうと思って友達を作ったことがなかった。こういう時なんと言えばいいのかも分からない。言葉に困る。困るがフジマエは助けない。ナニコイツ、役立たず。
 あちこち見た後、ハママツは口を開いた。
「あー、えーと。私、剣とか使えないけど、えっとよろしく」
 シタラが前足でナガシノの背を押した。ナガシノは顔を真っ赤にした。