第七話
「笑顔」

NEOPASA ネオパーサ 駿河湾沼津

 しめやかな読経の音がする。意外に参列者いるな。誰の葬式だろうか。
 写真だ。僕の写真がある。なんだろう。あの薄っぺらい笑顔、違う、違うんだ。あんな笑顔を故人の写真に選んではいけない。
 お母さんが選んだであろう大学のスキー旅行の時のあの笑顔は、僕の本物の笑顔ではない。
 笑顔とは。
 笑い、とは!

 そう、笑いとは、笑う以外にないことを示すのだ。即ち消去法の最後に残るもの、それが笑いだ。だからこの笑いは違う。この時は余裕があるし、カメラとか一緒に旅行している人間への配慮がある。違う、これは僕の笑いではない。
 不意に半巨人のお姉さんの顔が浮かんだ。ああ、これこそ本当の笑いだ。笑い以外の全部を心から奪われた、鼻水と涙を出しかけて美しい顔が歪んでいる、これが笑いだ。
 上司の岩井も笑っている。ああ、そう、これも本当の笑いだ。一瞬で他の選択肢を奪われた、笑い以外差し出すものがない顔をしている。

 って、何笑ってんだよ!!!
 僕の葬式だぞ!!! 悲しめ!!! かーなーしーめー!!!!

 目が覚めた。病院、だった。
 ベッドの上で奥さんから、大丈夫?  速澄 はやすみ くん過労だって疲れているのよと言われ、 石清水 いわしみず は目を瞑った。
 違う。そこは、モルダー、あなた疲れてるのよだろうと、心の底からそう思った。

 そしてこうも思った。僕の心はまだ余裕がある。何故なら笑ってなかった。どうすればいいのかは分からないが、心には余裕があったのだ。まだ、大化の改新(645)の一撃には至ってない。もちろん、最近645年でないことは知っている。それもまた笑いの理論というものだ。

 この石清水にはささやかな夢がある。笑って死にたい。世にあふれる偽物の笑いや人に合わせた笑い、あんなものではなく、本当の本物の笑いを浮かべて沈みたい。関西人一般がだいたい漠然と思っていることを、この石清水も思っている。
 だからこそ、自分面白いなという言葉は、関西人にとっては戦士への賛辞なのだ。消去法で残った最後のものがそれだから。

 僕は面白くないな。まずキレがない。
 石清水は枕元に手を伸ばし、シーツの下でネクタイをつけて起き上がった。
「ごめんごめん、ちょっと仕事いってくるわ」
「速澄くん……それ、パジャマよ」
 石清水は奥さんに笑顔を向けた。色々なまってるなと思った。
 だが彼の心の中では炎が燃え上がっていた。

 笑顔とは。
 笑い、とは!

 他の全部はよしとしよう。仕事に失敗しようが結婚に失敗しようがそれはそれだ。
 だが笑いが足りんのは本当に我慢がならなかった。石清水はそういう NEFCO ネフコ 社員だった。