第六話
「駆け引き」

○川崎管制センター

 川崎管制センターでは NEOPASA ネオパーサ 駿河湾沼津の酒のお姉さんが踊っていると、大変な騒ぎだった。
 異世界の管制業務が止まって、皆が駿河湾沼津に接続されたモニターを見ていた。
 こっちのテナントに入っているパン屋さんのお姉さんたちと、10人くらいの半巨人があられもなく足を上げて踊り、満面の笑みを真っ赤にして気持ちよかった! と言っているさまは、なんとも健康的な魅力にあふれていた。汗というものは美しいと、最近心労の多い 艦橋 かんばし はうっかり思ってしまった。

「いいなぁ」
 と、呟いたら、頷くもの数名。どうやら自分だけでなかったらしい。それで艦橋はモニターをまじまじと見直した。
「これ、宣伝に使えないかな」
 数名、管制センターに詰めている技術部員のうちの一人、小久保が、そう言いながら頭を掻いた。
「うーん NEXCO ネクスコ 中日本側がどう思うかですねえ」
「でも、あんなにいい笑顔してますよ」
「まあ、たしかに、 NEFCO ネフコ 作るくらいの会社だから、これもありかもしれないな」
「小久保さん、素材に使えそうな記録撮ってます?」
「一応、6個のカメラで撮影してあと、手持ちで二人」
「めっちゃ撮ってるじゃないですか」
「いや、異世界との交流として見ると記録に値するものですよ」
 小久保は川崎管制センターにいるが、本来はもっと別部門のしかも偉い方の研究職である。専門は希望世界の建築であった。ところが面白がって、こっちに席を用意してもらって日々管制センターで 希望世界 エルス の様子を眺めているという異色の人物である。
 こういう人物はえてして煙たがられるのだが、彼の場合は決裁権を持っていることを最大限活用してその場で欲しい支援を決めてしまえるほか、フレンドリーで専門家の意見をきちんと尊重するので大変評判が良かった。
 技術部からは管制リーダーは出ないことになっているが、彼は実質上のリーダーという立場を確保していた。
「大地巨人のラインダンスなんて、いいですよね。地面がでこぼこにならないか気になりますわ」
 さすが、先生と言われる人は目のつけどころが違うなと、艦橋は思った。
 これぐらいの人になると、ハママツさん周辺の危ないところに首突っ込んだりしそうである。それでなくても最近、日本の大学や研究機関の一部は希望世界とアクセスしたいとか、アクセス権が我々にもあるのではないかなどと面倒くさいことを言いだしている。以前は結構、結構と思っていたのが、最近真綿で自分の首が締め上げられている気がしてどうにもいけない。

「ところで艦橋さんは一宮にいたんですよね」
 思うそばから小久保が罪のなさそうな顔で口を開いている。
「一宮管制ですか。ええ」
 心の中で汗をかいている艦橋。いや、あのその話題はやめた方が。
「あれって最後の方、どういう経緯だったんですか? なんとなくめでたいとは聞いてるんですけど、よくわからなくて」
 しかも直球だった。艦橋は梅干を誤って飲んだような顔で小久保を見た。
「そ、そうですか。フジマエじゃない、藤前さんは失恋のショックで他の人と結婚、ハママツさんは行方不明、領主はカンカンに怒って藤前さんの背を押してた僕たちはこのざまですけど」
「藤前さんってイケメンのあれですよね」
「ええ、まあ、でも中身はかなりの残念な人で」
「それは噂で知ってるんですけど、どうも違うんですよね」
「何が、ですか」
 カマかけてないように見えるのがいっそ恐ろしい。この小久保という人は自分の先入観を必要に応じて一旦消せるヤバイ人だ。こういう人は異様に鋭い。
「出来る人って何種類かしかパターンがないんですわ。会社や社会が求めている姿がそれなんだからそりゃ何種類かしかないのは当然ですけど。でも残念な人には無数のパターンがあるんです」
 小久保は藤前さんの残念は、常識にしがみつきながらも子供を子供扱い出来なかったことだと思うんですよと呟いた。でも今回のは、そうじゃないとも。
「噂で聞いてた藤前さんと残念のパターンが違うと思いました」
 これだから頭のいい人は嫌いだよと艦橋は膝を震えさせた。
 なんでこんな頭のいい人に僕は知的駆け引きをしなければならないんだろう。あ、自分が暗殺されないためか。そりゃそうだ。
 艦橋は腕を組んで上を見た。
「そう、ですか。いや、まあ、確かに藤前さんはそうですね。でもその、相手の女の子がね。うん。あの人どうも押しに弱かったみたいで」
 小久保の考えに肯定しつつも、ここで小久保も想定しえない第三者を出して思考を複雑化させる。これだ。仕事ではついぞ使ったことのない箇所の脳を全開で回して言い訳をひねり出した。
 小久保はそれかあと頭を掻いている。
 勝った、逃げ切った。いや、だが、この調子で逃げ切れるのかと笑顔の下で艦橋は思った。しかも僕には相談する相手すらいない。