第五十一話
「補講」

〇歴史的補講

  希望世界 エルス は高速道路を建設し始めた。まずはエビナからスルガ、ついでスルガからオカザキまでの区間である。
 日本において高速道路が出来た結果希望世界と繋がり、一方で希望世界はニホンと繋がるために道路を作り始めたというのは面白い鏡合わせであろう。

 ニホンは滅びたのではないか、希望世界の多くの識者は様々な状況証拠からそう考えたが、スルガの領主はそれを認めず、道路建設を進めたとされる。人間の他、多くの半巨人が道路建設に従事し、その中にヌマヅという名もあった。

 領主が絶技で直線的に切り崩し、領民が道路を作る。ニホンにあやかってシミズ、シズオカと名付けられた地名との再接続が行われ、物流が復活すると俄かに人口が回復し、復興がはじまった。あちこちの生き残りが道路を頼って移動し、流入し、食料や医薬品生活必需品の移送によって人口減少に歯止めがかかったのがその原因であった。

 この功績を以てスルガの領主は名君とされ、大変な敬意を集めたが、本人は細かいことはどうでもいいわと言っていたとされる。

 シズオカからフジエダ、フジエダからカケガワ、カケガワからエンシュウモリマチへと道路建設が進み、ついにハママツ、あの崖の街に到達した頃には三年の時が過ぎていた。
 そこでスルガ・エビナ連合はオカザキの領主が派遣した軍と干戈を交える事になる。

〇そして  希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ

 スルガの代官筆頭リプダはこの半年、記録を整えるのに大変な労力をかけていたが、どうにか間に合いそうとなったので久しぶりに家に帰ってベッドに倒れこんでいた。
 目が覚めたのは昼を過ぎてから。うっかり寝てしまったわねと思っていたら、なんと二日も寝ていたと言う。部下を叱咤し、リプダは慌てて湯あみをし、着替えて領主の館に向かった。

 何十年かぶりに、空は雨模様になっている。皆の気持ちが、涙を呼んだか。
 庭に座り込んだヌマヅさんに頭を下げ、リプダは領主の館に入る。そのまま領主の部屋に直行する。
 凄い音が聞こえてきた。
 扉を開ければスルガさんが、普段と変わらぬ様子で修行している。いや、ここに来てさらに鋭さを増した。ひいき目ながら、そんな気がした。

「どうしたの? リプダ」
「身体をお休めください。スルガさま」
「休めても変わりはしないわ」
 スルガさんは手を休めてちょっと笑った。
 大妖精の寿命は短い。20年持つことは滅多になく、15年で終わることも珍しくはない。
 絶技において圧倒的な力を持つ代わりに、人間から見れば極端に寿命が短いのが大妖精の生き方だった。あるいはそれもいいかも知れないとリプダは思う。この名君が世俗に汚れ、歳とともに醜くなっていくよりは、美しいままに死ぬ方がいい。
 嘘です。死なないで。
 すがりつきそうになっていたら、当の本妖精に笑われた。
「なんて顔をしているのよ。リプダ。安心しなさい。希望はあります。誰の上にも、どこにでも。記録は残してくれた?」
「はい。出来うる限り書きました。スルガさまのこと、語られたこと、なにもかも」
「ありがとう。まあ、それを次の大妖精が引き継ぐかは分からないけれど。ないよりはいいよね」

 リプダは頭を下げた。
 スルガさんはもはやリプダに顔を向けず、まるで虚空に小鳥でもいるかのように腕を走らせた。にこっと笑った。
「今ならいけると思うのだけど」
 残念とでも続けて言えばリプダの涙腺も崩壊するところであるが、スルガさんは何も言わなかった。

「まあ、これだって細かい事よね。きっと」
 スルガさんはそう言ったあと、不意に空を見上げた。
「私、目つき悪いと思う?」
 リプダは顔をあげた。スルガさんは、リプダの返事を期待していたようではなかった。
 微笑んで、スルガさんは倒れる。

 リプダはすぐに倒れた主君に近寄ると目を閉じさせてその衣服を整えると堂々とした声で部下たちを呼んだ。
 もはやその顔に涙などはなく、人はリプダを冷血のリプダと呼んで歴史にその名を留めさせる。

<第二部 おわり>