第五十話
「道」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ
 スルガさんは朝起きると修行する。心の中に動き回る小鳥を思い浮かべ、身体を動かす。動かしていたら、つい楽しい事を思い出しそうになって、気分が塞ぎこみそうになった。
 でも、無視して身体を動かす。なぜなら私はツッコミのボンベイブラッド。

 心の中の小鳥を二匹に増やして身体を動かしていると下から声が聞こえた。ヌマヅさんの声。戻って来たんだと、慌てて着替えてバルコニーから飛び降りた。
「戻って来たのね」
「まあ、帰りは早かったよ」
 ヌマヅさんはその背に誰かを隠している。隠しているというよりは隠れてしまっている。だろうか。
 相手は小妖精で大きさは猫より小さかった。透明な羽根をつけて空中にて礼を取った。空中静止がうまくいってないのは、まだ幼いためだろう。

「あなたは?」
「エンシュウのラコー姉妹の片割れラコと申します。尊貴な大妖精さま」
「スルガでいいわ。どうしたの? この娘」
「エビナからの使者だよ。使者の往来では時間が掛かり過ぎるだろうってさ」
 小妖精は双子で生まれ、距離に関係なく片方の考えを片方が受け取れるのでよく通信に用いられた。小妖精もそれを種族的産業にしていた部分もある。
 エビナにはこんなものまで生き残っていたのかと、スルガさんは驚いた。
「それは、随分な厚意ね」
「はい。私の主様は、同じ生き残った者同士、仲良くしましょうとおっしゃってました」
 なるほど。とスルガさんは頷いて、椅子を持ってこさせる。リプダが苦労して小妖精用の椅子を探し出して来た。処分していなくて良かったですとは、本人の談。

 よいしょと小妖精のラコは椅子に座り込んだ。足をぶらぶらさせているが、小妖精についてはあまりうるさく言わないのが世の習いになっている。スルガさんも気にしなかった。希望世界において小妖精に説教するとは、細かい事をくどくど言うという慣用表現である。
NEFCO ネフコ と、ニホンとの連絡が取れなくなったの。そちらでは、どうかしら」
「こちらでも同様です。今から二か月前に突然連絡が途絶えました」
 ヌマヅさんは庭に寝転がって顔の位置を合わせている。あなたはしっかりしなさいとヌマヅさんに言いたいが、正直それどころではなかった。
「こちらでは別れの挨拶がありました。慌ただしいものでしたが」
 スルガさんはそう言って、小妖精の反応を見た。小妖精はびっくりしている。演技にも見えないから、エビナはそういう情報を持っていなかったのだろう。
 外れたかなと思いつつ、スルガさんは内心の落胆を隠して口を開いた。
「ニホンで戦闘騎が出たと」
「えー」
 小妖精のラコはそう言ったあと、何度も頭を下げた。
「失礼しました。今のは姉の言葉でした。でも、私の主様もだいたい同じような反応をしています。ニホンにはそういう生き物がおらず、作る絶技もないとおっしゃっています」
 スルガさんは頷いた。
「私もそう思います。でも、今の事は事実です。絶技を使って証言しても構いません」
 ラコはスルガさんを見上げた後、小さく羽根を震わせた。
「作ったのではないとすれば、送ったのでしょうか。二ホンに何かを送るだけのリューンを持つ領地があるのなら、我々の脅威ですと主様はおっしゃっています」
「そうね。私もそう思います」
「でも、なぜニホンなんかを占領しようとするのでしょう。私が知る限りそんな価値があるものはあまりないと思うのですけれど?」
 希望世界側から見ると、二ホンは戦争もしてないのに自然は破壊されリューンは去り、荒れ果てているように見えた。それについてはスルガさんも同意である。
「そもそも占領が前提なのかしら?」
 二人で考え込む。ヌマヅさんが寝ころんだまま口を開いた。
「なあ、いいかい。これは思うんだけどさ。男を取りに行ったんじゃないかなぁ」
 スルガさんとラコは顔を見合わせた。その発想はなかった。いや、でも。

 イワシミズを、奪う。
 罪深さに心臓が高鳴るが、確かにそれは、ありそうな気がする。ラコの向こうにいる何者かも、激しく動揺している様子が見える。
「で、でもあそこには人間しかいません」
 ラコが小さな声で言うと、ヌマヅさんは頷いた。
「この際人間の男でも構わないと思うやつは結構多いと思うけど」
 だとすればイワシミズが危ない!
 スルガさんは立ち上がった。危ないのはスルガさんの想像の方なのだが、ここではさておく。
 スルガさんは腕を組んで歩き出した。というより、往復を始めた。
「大変な事件だわ」
「そ、そうですね。我が主も俄かに大慌てで大変デス! あいた。あ、今姉が小突かれました」
 案外エビナさんの方にも同じような事があるのかもしれない。NEFCOの誰かと仲がいいとか。いや、それはいい。今は考えても意味はない。
「こちらでも、エビナでもない。でも、他に復興しているという話はオカザキくらいしかない。オカザキは人間の領主で絶技は使えないし、じゃあ……」
「オカザキかぁ、西の方で遠いんだろ。半巨人でもいけるかどうか……」
 ヌマヅさんはそう言った。自分が使者になるつもりらしい。スルガさんは苦笑して、ラコの方を向いた。
「ともあれ、情報は分かりました。エビナの領主には深い感謝を。この上は西のオカザキまで道を作り、さらなる情報を得ようと考えます」
 ラコは頷いた。小妖精らしからぬ、しっかりした表情だった。
「エビナも全面的に協力します。道づくり、やりましょう。そして一刻も早く、NEFCOに連絡を!」
「ええ」
 顔も合わせてないのに友達になれそうだと、スルガさんは苦笑の中でそう思った。
 道を作らねばならぬ。何年掛かるか、分からないけれど。