第四十九話
「使者」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ

 スルガさんは領主の仕事をどうにか終わらせたが、リプダが心配するほど顔色が悪かった。
 自分自身としては、何をしたのか判然としない。そのまま、自室に戻って、唐突な別れを思いだした。
 また泣くかと思ったが、やめた。少し時間があいて、怒りの方が先に立った。
 このままでは勝ち逃げされる。どうにかイワシミズにツッコミを入れたい。そう思いながらバルコニーをうろうろした。いつも小鳥が来ていた関係で、こっちから呼びかけた事もない。
 どうすればいいか。ああ、ああ、そうだ。突然立ち止まった。窮すれば知恵も出てくるものだ。
 ”窓”があった。あれを使えばいい。それで空を飛んで慌てて”窓”のあった通りに出た。
 もう何年も雨がない坂道は土埃が酷かったが、”窓”のあった一角だけは綺麗になっていた。街の見栄のために、スルガさんが絶技で掃除したのである。動く箒がまだ数本あって、それですぐに場所を判別できた。
 降り立ち、”窓”のあったあたりを見る。

 ”窓”が、ない。
 驚愕していると、坂道を登って見知った半巨人が近づいてきた。石材を抱えたヌマヅさんだった。
「どうしたんだい師匠。こんな時間に。今日は休み?」
「領主に休みなどあるわけないでしょう。ここにあった”窓”は?」
 可愛いくない物言いだと思ったか、ヌマヅさんは片方の眉を上げたが、すぐに窓のあったあたりを見て、首をかしげた。
「あれ、ないね。どうしたの?」
「どうしたのかは私が聞いています」
「んなこと聞かれても。絶技の力が弱いアタシたちじゃ”窓”なんて閉じたりできないよ」
 言われてスルガさんは唸った。じゃあ、なんだ。自分と同じ大妖精なら窓を閉じられるだろう。でもそんな絶技を使えば領主であるスルガさんにすぐ分かるはず。それに、そもそも”扉”はさておき”窓”なんて中途半端な絶技は大妖精も知らない。スルガさんも生まれる時に焼き付きを受けていなかった。
 そして”扉”を開くには、この地のリューン量は絶対的に足りない。
 ニホンが閉じたのか。いや、ニホンに絶技はない。
 嫌な予感が足元に穴を開けた気がして、スルガさんは足が震えた。
「どうしたの」
「ニホンと連絡が取れないの」
「イワシミズは?」
「別れを告げて行ったの。半日前くらいに」
「あー、アタシの前からいなくなる時は挨拶もなかったから、少しは成長したのかね」
 スルガさんは足を踏み鳴らした後、胸を張った。
「暇を出したつもりはありません」
「でもどうやって捕まえるのさ」
 そう言われると、困る。
「とにかく、絶対に、許しません」
「恋ってやつ?」
「違います。私は……領主なんだから」
 以前に逃げ出した部下を追わなかったことは、この際無視した。もっとも、恋愛の感情があるかというと、それも微妙だった。恋愛という概念がスルガさんには育ってない。彼女が恋という概念を理解する、腑に落ちるのは何年もあとの話だった。
 今はただ、悔しいだけである。あとは、寂しい。

「手伝ってやろうか」
 ヌマヅさんの物言いに、スルガさんは思わず抱き着いた。困ったときの援軍こそは真の援軍である。
「ありがとう!」
「えっ、えっ!?」
 抱き着かれるのは慣れておらずヌマヅさんは赤くなった。が、すぐに持ち直した。もとよりヌマヅさん、大地巨人は漢気溢れる巨人だったのである。
「よし分かった! まかせな!」
「いや、任せるってことないけど。ありがとう。手伝ってくれて」
「しかし、どうしたもんかね」
 スルガさんとヌマヅさんが手を組んだのは、ここからである。

 それから、消えた 石清水 いわしみず のために奮闘することになった。
 手がかりはなかった。何もなかった。ヌマヅさんはその脚で街の中をくまなく歩いて手がかりを探し、スルガさんは日々頭を使うことになった。
 戦闘騎がニホンに出たと聞いた。それで連絡出来なくなるだろうとも。それで窓を閉じたんだろうか。理解できる筋書きだったが、絶技が使えないニホンがそんな事できたのかという、謎は残る。
 誰か、こちら側の誰かに頼んで窓を閉じて貰った、というのが妥当だろう。それなら分かる。
 その誰かに窓をまた開いて貰えばいい。
 この結論に至るまで、ひと月程掛かった。その誰かがこの街の者でないのは確かである。ではどこか、 NEFCO ネフコ からもたらされた情報によれば、西にオカザキという場所があってそこは人間が治めていて、大きな街があるという。一方で東にはエビナという街があり、こちらは大妖精が治めているとのこと。人間は絶技を使えないので”窓”を開くとすればエビナであろう。使者を立てて問い合わせしようと思ったのがさらにその半月後だった。
 エビナまでは危険な旅になる、人間の使者を送るのは難しい。ヌマヅさんに頼もうと思っていたら、そのヌマヅさんから推定を否定する言葉が出た。

「不審火つけたのはエビナじゃないのかね。あんたの元部下たきつけてさ」
「まだ戦争をしようと?」
 領主の館というか、その庭に呼んで話をしながら、スルガさんは考え込んだ。
「さてね、大妖精が何考えているのかは分からない。あんたの方が分かるんじゃない?」
 スルガさんは領主の館を見上げながら言った。手の込んだ細工に目をやっている様子。
「大妖精としては、戦争はしないし、他都市にちょっかいを出すこともないでしょうね」
「なんでそう言い切れるんだい」
「今生き残っている大妖精たちは戦争に勝った者たちじゃないもの。戦争に参加しなかったから生き残ったというべきかな。戦争をしようとせずに領地を守って逼塞して、さらに戦略的価値がなかったところが生き残っているの。戦争をしないことで利益を得た者が、そんなに簡単に自分の成功体験を捨てようとはしないと思うけど」
 街で言われているほど大妖精は愚かではないとスルガさんは詰まらなさそうに言葉を続けた。ヌマヅさんはそうなのかいと言ったあと、唸りながら言葉を続けた。
「でも人間が大妖精にちょっかい出すと思うかい? 勝てない戦いはしないんじゃないかい」
「私の元部下は人間だったけど、反乱起こしたわ。不審火つけたのも人間。エビナの大妖精が人間を偏愛しているのならわかるけど、その気なら飛んでいって絶技を使うと思うわ」
「まぁなあ、確かに」
 ヌマヅさんは立ち上がった。
「ま、手伝うって言った手前もある。使者になってやろうじゃないか」