第四十八話
「トヨタさん」

希望世界 エルス  長篠設楽原
 トヨタさんはその頃、ようやく出来た新しい服に袖を通していた。巨人ともなると、服一つを揃えるのも大変だった。絶技で生成すればいいのだが、そういうことはもう、トヨタさんはやりたくなかった。なんでも絶技でやろうという考え方が、一度世界を滅ぼしかけたのだと、そんな風に思っている。

 少し離れた海岸沿いの壊れた砦の近くにある窓から、アラキがこちらに呼び掛けているのが聞こえる。二日も続けてなんて、とても珍しい。良い事があった、とは思えないから悪い事があったのだろう。良い事は取っておけるが、悪い事は取っておけないものだ。
 トヨタさんは新しい服を着たまま小さく歌を歌って転移した。なんでも絶技でやるのは良くないが、男に呼ばれれば絶技を使う。自分でも駄目だとは、分かってはいる。
 無数に軍船の浮かぶ海岸の端、破壊された砦に作られた光の環、”窓”に顔を近づける。

「どうしたの?」
 こちらから見るアラキは、随分と息を切らして大変な様子だった。火急の用件だろう。ついに妻と別れたのだろうか。いや、それならもっと体裁を整えるか。となれば、やはり良くない事、それもこちらがらみの事だろう。
 アラキは深呼吸して息を整えた。
「いきなり呼び出して悪かった」
「良くないこと?」
「こっちでは。さっき連絡があったんだが、戦闘騎って、こっちに送り込めるか」
 ニホンで戦争が起きたのだろうか。でも、戦闘騎はあまりお勧めできない兵器だった。
 アラキは慌てて手を振った。
「いや、戦闘騎が欲しいとかじゃなくて、戦闘騎をこっちに送れるかなんだが」
「あと何年掛かるか分からないけれど、リューンが、精霊たちが戻ってきたら、出来るけど」
「トヨタさん以外はどうだろう、できる誰かはいるか」
 要領を得ない質問だったが、トヨタさんは素直に考えた。顎に人差し指を当てて考える。
「いいえ。どんなに絶技を覚えていようとも、リューンがなければ何もできない」
「遠いところならどうだろう」
「リューンの数が激減したのは、このあたりだけの話ではない。むしろ、この地域は良く残っている」
 トヨタさんはそう言ったあと、髪飾りの猫たちがにゃぁにゃぁ言うまで考えた。
「もしかして、戦闘騎がそちらに送られてきたの?」
「ああ。画像は確認できてないが」
 あり得ないと呟いて、トヨタさんは思い当ることをどうにか探そうとした。輝く海を眺めて考える。思いつくことは何もない。戦闘騎どころかそれよりずっと小さな人を送るのだって難しいだろう。小鳥ならなんとか。でも、それが精一杯だ。
「あり得ない。別の物、と思った方がいいように思える」
「別の物って……」
 アラキが困った顔をしているので手伝ってやりたい。とは思うのだが、本当に心当たりがない。
「移動させたものではなくて、戦闘騎に似た別のものかも」
「そんな……」
 アラキが頭を抱えている。ニホンには戦闘騎のようなものでもいないらしい。なんて平和な世界なのだろう。いやでも、いないという事は対抗手段も持ってない、という事か。
「戦闘騎は湖で増えます。まず湖を探して潰さねば」
「……分かった。雲を掴むような話だが、まずはそこからやってみる。いや、すまない。焦っていて、何話せばいいか分からなかった」
「いいの。戦闘騎は空を飛べないから、空から探した方がいいかもしれない」
 アラキは目を白黒させている。
「まさか自分で戦闘騎を探すとかじゃないよね?」
「大丈夫。そこまで無謀じゃない」
 そうは言うが、トヨタさんとしては心配だった。
 慌てて遠くの何かと話をする道具を使ってアラキが話をしている。すぐさまここを離れることはないようで、それで少し安心した。
 それにしても戦闘騎と見間違えるほどの大きさとなればトヨタさんほどではないにしても随分な大きさである。絶技とは別の方法で発展してきたニホンで、今まで発見されなかったという事などあるだろうか。となれば本物の戦闘騎なのか。トヨタさんとしては信じられない。それくらい、この地は疲弊していた。そもそも戦闘騎を使役するような組織や国は皆滅びてしまっている。

 急に、アラキの気持ちが分かるような気がしてきた。心配する気持ち、もどかしい気持ちは彼も度々思っているのだろう。同時に少し嬉しく思ったあと、いや、待て。巨人だから大丈夫とかこの人思ってないだろうなと急に思い始めた。睨んでいることにも気づかない。

 アラキは見学台から転げ落ちそうになっている。
「どうしたの?」
 膨らませた頬をひっこめて、トヨタさんが尋ねるとアラキは首をひねった。
「戦闘騎だが、誤報かもしれない」
「良かったじゃない?」
 そうよね、とトヨタさんは納得する。それはまあ、そうだろう。
「監視カメラ……記録装置に映ってなかった。というよりも、監視カメラが動いてなかった」
 アラキのいう監視カメラというものが、トヨタさんには分からない。なので頷いた。人間は信じたいものを信じてしまうものだが、これは巨人であっても、そうだった。
 それが決定的な結果を生むことを、彼女はまだ、知らない。