第四十七話
「別れ」

〇 戦闘の後処理 

 高速道路に家畜や野生動物が迷い込むという案件は、滅多にない事とはいえ、長い歴史とそれ以上に長い総延長からそれなりにある。交通の妨げになるし、事故の原因となるので当然、NEXCO中日本では対応として動物や家畜を外に追い出したり、あるいは捕まえたりしないといけない。このため対応用に網なども保有している。警察と協力した交通規制の手順、手続きなども準備されている。
 走って逃げた 木林 きばやし は、即座に警察に連絡、連携を取りつつ会社を動かして対応しようとした。

 しかしファンタジーな生き物はどうかというと、当然ながら全然対応を考えられていない。どうなるのか見当もつかなかった。が、しかし、やるしかない。
 15分で戻って来た木林が見たのは、生き物がいなくなっていた事だった。それと、暇そうに 石清水 いわしみず が立っている。
「人に擬態した化け物がいたよな」
「木林さんが走っていったのを見て逃げ出しましたよ」
 石清水は頭を掻いて言った。
「あと俺を置いて行かないでください」
「いや、お前も逃げろ」
「ですよねー」
 石清水は駐車場の路面を見る。
「痕かなにかあったか」
「あれば良かったんですけど、まるで融けたみたいになくなりましたよ」
 実際は、石清水が倒した直後に融けてなくなった。しかし、それに木林は気付かなかった。
「捜索するぞ、お前も手伝え」
「それより向こうに問い合わせた方が良くないですか」
希望世界 エルス か。ああ、そうか。そうだな。分かった。頼む」

 それで石清水は、ロードパンサーに乗り込んだ。
 スイッチを入れながら、さて、どうしたものかと呟く。戦闘騎がこの世に現れた以上は、時間の問題で日本、いや、世界は大混乱に陥るだろう。証言はどうにでもなるにせよ、監視カメラの映像を誤魔化すことはできないだろう。
 異世界からの侵略。しかも未知の技術つき。こっちの世界は喜び勇んで軍隊でも派遣するかな。 艦橋 かんばし の考えていた方向とは真逆の、希望世界にとっては一番良くない方向に物事が転がりだしている。

 石清水は狭くて頭が掻けないことを愚痴りながら、スルガさんに連絡を取ることにした。まともに話すことが出来るのは、これが最後になるかもしれない。

 チチチと言いながら、小鳥はいつものバルコニーに降り立った。普段は入らぬ館の中を歩く、というより半ば飛びながら進む。今頃になって逃げだせば良かったかなと考えた。いや、戦うしか道はなかった。
 丁度、部下を連れて歩いているスルガさんを発見。羽ばたいてその肩に乗った。
「どうしたの? こんな時間に」
「色々あってですね。ちょっとお話があるんですが」
 スルガさんは領主の務めがあると言って顔をこわばらせたが、すぐに頷いた。
「短い時間なら」
「それで十分」
 人払いして手近な部屋に入る。かつてと違って家臣の過半が逃げ出したので空室は多い。

「どうしたの?」
 指に掴まらせてスルガさんは尋ねた。石清水は嘴を開いた。
「こっちにそちらの生き物と思われるものが出た。絶技を使う姿を変える生き物だ」
「四本足で、顔を人間に出来るなら戦闘騎だけど」
「では戦闘騎ですね。それが僕の前に出てきた」
 身をこわばらせてスルガさんは小鳥に目をやった。
「どうしたの?」
「倒した」
 スルガさんは大きなため息をついた。
「良かった。強くはないけれど、人間を殺すには向いているから。あれ」
 侮りが強くて対人にも向いてないと石清水は思ったが、さておいた。
「どうかな。ともあれ、大変なのはこれからだ。間違いなくこちらは大騒ぎになる」
「誰が送ったんだろう。”扉”なんて大掛かりな絶技を使って維持し続けるだけのリューンはもう、どこにもないと思うんだけど」
「原因究明は今はいい。それでおそらくは、こっちの騒ぎがそっちにも飛び火する。具体的にはこちらから連絡するのが難しくなるかもしれない。最低でもロードパンサーは情報収集に使われるだろうし、僕も担当から外されるだろう」
「ど、どういうこと?」
「お別れを言いに来たんだ」
 スルガさんが涙を流すと、小鳥は腕を登ってスルガさんの頬をぺちぺちと叩いた。
「泣いちゃ駄目ですよ。領主なんでしょ」
「イワシミズは家来でしょ」
「まあ、最初はそういうつもりだったかも」
「家来が勝手にいなくならないで」
「だから、最初は家来のつもりだったんだけどね。いつの間にか教えるつもりが教わっていた」
 小鳥はスルガさんにすりすりした。
「僕は勝手にあきらめていたね。自分の好きなことを仕事にしなかった。でもそれは間違いだと思った。チャレンジもせずに諦めるのもどうかと学んだし、スルガさんのように仕事を好きになる努力もすべきだった。僕はどちらも出来てなかった。中途半端だった」
「スルガさんを見て、素直なことも、真面目なことも重要だと学んだ。こっちでも重要だとされていたのに、分かってなかった」
「いかないで」
「どこにもいかないさ。大切なことは皆、あのバルコニーで教えた。教えはそこにある。僕の心にもある。どこにも行きはしない」
「結局いなくなるんじゃない!」
「なあに、そのうち戻ってくるさ。戻ってこないでもそれまでだ」
 スルガさんが小鳥を捕まえようとするので、するりと、逃げた。
 スルガさんは涙が止まらぬ。
「なんでやねん」
「いいツッコミや。さすがはツッコミのボンベイブラッド」
「真面目な話!」
「真面目に言ってますよ。君の将来を楽しみにしている」
 小鳥は楽しそうに飛びながら言った。
「別れは急だが、そんなに惜しくはない。良い領主になれとは言わない。良い女になれとも言わない。でも修行を怠ってはいけないよ」
 スルガさんは回し蹴り、小鳥は唐突に消えた。
「今のは当たっていたかもね」
 最後に声だけが聞こえて、それきりだった。
 スルガさんは天上を見上げ、顔をわななかせて声をあげて泣いた。