第四十六話
「正体」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ

 朝の修行が終わってメンテナンスハッチから 石清水 いわしみず が顔を出すと、 木林 きばやし が立っていた。朝も早くからご苦労な事でと、石清水は肩をすくめる。木林は無視して口を開いた。
「で、領主さまと話はできたのか」
「いや、なんというか話をし損ねました」
 とりあえず褒めたのがいけなかったと、石清水は顔をしかめた。予想以上に可愛らしい反応で、それでなんというか、頼みごとをする雰囲気ではなくなってしまった。いや、あそこで頼みごとをしたら、スルガさんに深い傷が残ってしまう。大人に対する不信感すら生まれかねない。
 木林は怒るでもなく、むしろ、頷いた。
「まあ、だろうな。いや、それでいい。こっちのトラブルを向こうに持ち込むべきじゃない」
「でも僕たちで何やろうって言うんです。相手は直接回線に侵入する様なファンタジーですよ。もしかしたら管制センターも乗っ取られているかもしれない」
「管制センターはそういう対応能力もある。大丈夫だ。やりようはある」
「そもそも僕たちが解決する問題ですか」
 根本的な事を言ったら、木林に睨まれた。
「他の誰がやるんだ」
「……警察とか」
「警察が動ける案件か」
 年齢というか世代が違うせいか、あるいは性格がそうなのか対応の範囲や警察などのシステムに対する考え方が、木林と石清水では全然違った。石清水は相談だけでもと思ったが、結局は黙った。うまいこと説明できる気がしない。そもそも本当に人が入れ替わってるのか、声だけなのかどうなのか。そこから確認しないと意味がない。

「じゃあ、どうするんですか」
 やっぱりスルガさんに頼み込むべきかと思っていたら、木林が口を開いた。
「難しい問題を分割して対応する。偽 艦橋 かんばし については俺が調べよう。別組織は荒木が調べている」
「僕はどうするんですか。なんか他に問題ありましたっけ」
「特にないが俺を手伝え」
「残業に入りませんよね。その活動」
「事が終わったら精算してやる」
 本当かなあと思ったが、あんまり疑ってばかりでも話が進まない。頷いて、とりあえず機械の隙間から外に出ようとした。石清水はあまり大きな身体でもないのだが、それでもロードパンサーの後席は狭い。
 苦労してロードパンサーから出る時に思いだした。あ、そうか。
「もう一人いましたよね。小太りの」
 木林は名前を思い出すのに2秒かかった。
「小久保か」
「彼に確認するのはどうでしょう」
「そうか、その手があったな」
 そう思ったら、その小久保が女を連れて歩いてきた。笑顔を見せて手を振っている。

 石清水は隣の木林を見た。
「あれ偽物ですよ。木林さん。小久保さんが女の子連れてくるわけがない」
「失礼な。いや、だが俺もそう思う」
「どうしますか」
 石清水が再び木林を見ると、既にその姿はなく、遠くに走っていた。
 思わず笑った。いや、正しいボケだ。完璧だ。石清水は笑ったあと、自分も逃げたら二流だなと思った。少なくとも別の方向に逃げないと。

 小久保と女を見る。張り付いたような笑みを浮かべている。何か歌を口ずさんでいるよう。
「さすが、騎士は優秀だね」
「それに比べると石清水君はあまり優秀ではない」
 どっちがどう喋ってるか分からぬうちに、二人が溶け出し、二匹に変容した。四本足の黒い獣の顔に、人間の顔が張り付いている。

「バカだねえ」
「バカだねえ」
 二匹の戦闘騎が交互に言って笑った。嘲りの笑い。だがすぐに終わる。
 一匹の顔、小久保の顔が驚愕で歪んで壊れて、崩れ去っていた。
 石清水が眉間の少し下に中指を盛り上げた拳を叩きこんでいる。遅れて轟音がした。

「さて、バカはどちらでしょう」
 石清水は笑いもせずに小久保の顔を張り付けた戦闘騎を掌底で仰け反らせて喉の中央を突いた。もう一匹から楯にするように喉を突かれた方に回り込み、馬乗りになって首に手を回して勢いよく首の骨を外した。一匹が倒れる。周囲の人間が呆然としてそのファンタジーな光景を眺めている。

 これで、一対一になった。

 戦闘騎が口から大量の触手を出しながらうめいた。
「な、なぁ!?」
 石清水は近くのコンビニでも行こうかという表情を浮かべて戦闘騎に近寄った。間合いをいとも簡単に破り、息が当たるほど近づいて笑顔になる。
 戦闘騎の瞳に大写しになる石清水の姿は戦闘騎の予想を戦う前から粉々にしていた。
 強そうと強いは違い、本来二つはさほど強く結びついてないということを、弱い者いじめばかりしていた戦闘騎は理解し損ねていた。
 強そうな奴は強いという考えは暴力から縁遠い者のファンタジーである。本当はこうだ。壊す奴、法を越える奴、命を命と思っていない奴。全部大人しい一般人の顔をしている時がある。そんな恐ろしい事を認めたくないから、強いと強そうを結び付けたがるだけだ。

 石清水は結びつかないタイプだった。妻すら石清水の正体を把握し損ねていた。メイドインジャパンは、ナガシノさんだけではない。

「絶技が使えるみたいだけれども、対絶技戦なら、僕も大分やってますよ」
 石清水は笑いもしない。そう、これはギャグですらない。面白くないし、笑えない。
 強いてよかった探しをするとすれば世の中役に立たないことはないな。スルガさんと戯れるのも、そんなに無駄ではなかった。