第四十五話
「外伝 リプダの思考」

〇外伝 リプダ:個人的思考

 リプダ・エファーゴは人間の女だった。 希望世界 エルス において、女というのはともかく人間という種族はそれだけで大変な不利を意味した。巨人は言うに及ばずとも半巨人に体力体格で越えられない差があり、大妖精に戦闘力で決定的に劣り、そのくせ小妖精よりも食い扶持が必要だった。
 つまり人間は、まともな扱いを受けられるような種族ではなかった。人間ばかりというニホンとは決定的に違った。哀れな人間という言葉が慣用表現になるのが希望世界である。

 とはいえ、人間だって、哀れで居続けようとしたことはない。知恵と技術で対抗しようとしたことが歴史上無数にある。しかし、半巨人にも大妖精にも大砲くらいではまったく歯が立たなかった。
 それで、今に至る。そういう状況でリプダの祖先たちは現実的な選択をした。まだしも自分たちに配慮してくれそうな大妖精に、積極的にかしずいたのである。それで生き延び、世代を重ねた。一番上になろうとしなければ、なんとか生きてはいけた。時に恥辱を受け、あるいは理不尽に死ぬこともあったけれど。

 大妖精の臣下に収まった祖先から数えて、リプダで15代目になる。かれこれ300年は仕えてきた。人間以外のどの種族から見てもそれがどうしたという話ではあったが、人間としては自慢になるというか、格が高いほうだった。リプダもそれを自慢していた。いつ真実しか口にできないような絶技を使われても困らないように教育を受け、生活してきた。奴隷根性だという者もいたが、リプダとしてはそういう風には思わなかった。なにせ自分がお仕えする大妖精は、可憐で聡明、しかも豪快なのだった。なんというかラララー、お仕え出来てよかったーと歌ってくるくる回る程度には可愛らしかった。
 むしろ邪心を持って仕える家臣どもを、苦々しく思っていた。思っていたがリプダというかリプダの家には権力も武力もなかった。3代前の当主がギャンブル好きで身代を潰していたからである。家の格はともかく、リプダも代官などではなく使用人という形で入城していた。

 ところが、政変があった。これまで凡庸、暗愚と見られていたお嬢様、大妖精のスルガさんが突如人が変わったように政務を始めたのである。とりあえずやった事は粛清であり、自分の財布と領国の金庫を混同している悪代官は皆追放、逆上して攻めてきた者は絶技すら使われることなく、成敗された。
 リプダ、感涙である。なんという凛々しいお姿かと、すぐに画家を呼んで記録させた。たまにその絵を見ては思いだして感涙する。
 ついでにリプダは、代官におさまった。しかも筆頭。この地の人間としては一番上の地位。個人としては大出世の成り上がり、一族としてみても見事な返り咲きだった。引退して小さな庭を整えるばかりの母も感涙である。相手の考えを読む絶技がある希望世界では、すぐに感涙するような分かりやすい家系でも出世出来たのである。

 お仕えして幸せです。人形のようなスルガさんの細い手足を見てリプダは感動した。毎朝その姿を見ては感動している。もっともこれは部下としてではなく、そもそもリプダは可愛いものが好きなのだった。趣味と家業が一致した、幸せな立場だったのである。

「おはようございます。姫様」
「おはよう」
 毎朝見るスルガさんは、とても機嫌がよさそうに見える。小さな八重歯が見えることから、リプダはそう考えていた。毎日毎日飽きもせず、三時間ほど小鳥と戯れている。
 ああ、私も小鳥になりたい。
 しかし小鳥と戯れる妖精の少女という字面と違って実体はかなり激しく、まるで何かの修行のようである。修練のようでもある。機械のように同じ動作を何度もやっている時もある。
 一度など足から血を流し絨毯がどうやったらそうなるのか回転してねじ切れていた。そういえば元代官が攻めてきたのを打倒したときも、芝生が回転してねじ切れていた。足首の動きになにかあるのかもしれない。絶技、というにはその技は荒々しく、スルガさんが使うと高速過ぎて美しさもなかった。リプダ、ちょっと残念である。いや、武器を向けて脅されているところを助けてくれたのだから、これでパン4枚はいけます。

 今日も今日とて領主の部屋から出たスルガさんは颯爽と目の前を通り過ぎていく。リプダは後ろから従った。前はもっと軽い足取りだったのに、最近は床や地面を掴むように歩いている。自分よりずっと細身にも関わらず、スルガさんを押し倒すことは不可能な気がした。

 だがそれがいい。

 スルガさんは執務室に入って報告を聞く。資料を読む。小妖精や紙代わりの木簡を読む姿は真面目そのものだ。
 この人を暗愚と呼んでいた代官たちは何を見ていたのだろう。まあ、自分の都合よいものしか見えていなかったのだろうと、そんな気はする。
 まったくバカな奴らね。今にして思えば、あんな奴ら、自分でやっつけちゃえば良かった。最近はよくそんな事を考える。あの頃自分は頭を下げる事、政治と言う足の引っ張り合い渦巻く屋敷の中で生き残ることしか考えてなかった。
 でも一人だけ、そうでない人がいたのだ。その人は大妖精で、毎日小鳥と戯れながら、自分でやっつけちゃって他人を助ける事をずっと考えていたに違いない。
 部下以前に、女としてその生き方に憧れる。退かぬ媚びぬ、省みぬ。うちの姫様最高ではないだろうか。