第四十四話
「領主と家来」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  領主の館

 今日も今日とてスルガさんが小鳥を相手に修行していると、小鳥が手というか翼を止めて、随分うまくなったねと言った。
 誰にも、あまり褒められたことがないので、スルガさんは、ツッコミが遅れた。酷いボケだった。
 それで睨んでいたら、小鳥というかイワシミズはチチチと歩いた。

「どうかした?」
「それも修行なら甘んじて受けるけど、そうでなければそんな悪趣味な事やめるべきだわ」
「なんのこと?」
 会話が噛みあってない。イワシミズは意味が分かってなさそう。スルガさんは顔を赤くした後、そっぽを向いた。どうも本気で褒められたようだ。領主として、家来に褒められるというのもどうかと思うが、いや、嬉しいかもしれない。
「なんで顔隠しているの」
「別に? なんてことないわ。それよりどうしたの、今更そんな事言いだして」
「10年かかる事を5か月でやるのだから凄い、ということですよ」
 人間の10年は大妖精の100年くらいだから、実のところ修行にかけた時間という意味ではあまり変わらないかもしれない。イワシミズは分かってないのか、踊っている。
 まあでも、それでもちょっとは嬉しい。それで首まで赤くして横を向いた。
「どうかしら。まだまだ、修行の入り口くらいな感じだけど。海辺で砂遊びしているみたいな感じ。ちょっと楽しい日もあるけど、横には大きな海が広がっているの」
「それに気付いただけ、成長したという事ですよ。何かに打ち込まないと、自分がちっぽけである事すら気付かないもんだよ」
 普段物事を教えない小鳥がそんな事を言い出したので、スルガさんは急に不安になった。イワシミズは、遠いどこかに行ってしまうのではなかろうか。
 大事に小鳥を両手で囲って持ち上げた。小鳥は不思議そう。
「どうしたの?」
「……別に」
 小鳥を離した。私は領主で NEFCO ネフコ の協力者なのだから、イワシミズはずっと家来なのだとそう自分に思いこませた。領主たるもの弱みを見せてはいけないと父は言っていた。今は自分でもそう思う。もし弱みだと思われて例えば小鳥がそれでボケを仕掛けてきたら、ツッコミもできずに泣いてしまうかもしれない。領主だから泣かないけど。絶対泣かないけど。
 スルガさんは涙目で足を踏み鳴らした。
「もう、なんなんのよ! いきなり! 突然 褒めるなんて!」
「いつでも褒めてますよ」
「うそ!」
 ほんとほんとと小鳥は飛びながら言った。嘘ばっかり。もはや倒さねば気が済まない。修行の再開だった。
 飛んで、跳ねて、壁を蹴って三角跳びして回し蹴りからのバルコニーの手すりをつかって方向転換して絶技を挟み込む。最近一周回って絶技も技に組み込むようになった。自分の持てるすべてを使ってツッコむのが礼儀であると、そう思うようになってきたからだ。
 しかしそれでも、当たらない。魔法の使えぬ劣等種族であるはずのものに、敬意をもってしまいそうだった。あるいはずっと前から、そういう気持ちは持っていたかもしれない。領主だから無視するけど。
「あ、時間だ」
 今日もかすりもしなかった。壁は高く、登る道は険しい。それでもイワシミズに背を向けて顔を布で拭きながら、スルガさんは険しい道を登るゆえの笑顔を浮かべた。
 最近毎日が楽しい。そう思われたら嫌なので隠しているけど。

「領主の仕事をしなければ。私は小鳥と違って忙しいの」
「ですよねー」
 うっかり修行を再開したくなったが、やめた。義務は義務としてやらねばならぬ。
 本当はヌマヅという半巨人に男というものを教えてやっているのだと言いたかったが、言えなかった。自分では半巨人たちを従えたことが大したことのように思っていたのだが、実は全然大したことない気がしてきた。

 まあいい。何事にも最初はある。そのうち、いずれ。必ず。
 そう思って部屋を出た。リプダが控えて頭を下げていた。