第四十三話
「調査」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ

 おりしも大きな風の日で、NEOPASA駿河湾沼津を飾るパラソルなども畳まれていて、外に立つ者などまったくと言っていいほどいなかった。皆足早に車と施設の間を歩いている。
 そんな中、黄色と黒と白でカラーリングされた大きな車に背を預けた者がいる。革ジャンを着た 木林 きばやし だった。ちなみに車の方はロードパンサーである。そろそろ車庫に戻して整備しないといけないとされていたが、情勢不安ということでこの場に留め置かれている。

 木林は風に顔をしかめながら、口を開いた。
「領主の方はどうだい。お若いの」
「スルガさんですか。いや、元気ですけど」
 ヘッドセットを取りながら 石清水 いわしみず は返す。木林が探る様な目つきをしているのが、不思議だった。
「どうかしましたか」
「情勢が胡散臭くてな」
「そうですか? 最近はスルガさんも癇癪とかしてないし、いいと思うんですけどねえ」
「君の領主さんのことじゃない。 希望世界 エルス の駿河湾沼津だよ」
 木林はそう言うが、石清水にはいまいちピンとこない。問題は問題児である領主さまだったはず。他に何かある、という事だろうか。ロードパンサーの窓というかメンテナンスハッチから顔を出し、木林を見る。
「あ、そうか。大虎のお姉さんがまた暴れてたんですね」
「いやいや、ヌマヅさんは暴れていたわけじゃない。領主さんとは違うよ」
「スルガさんは理由なく暴れていたわけではありません」
 少々カチンときて、石清水は木林にそう言い返した。成り行きでなった家来業だが、石清水にも愛着がある。
 瞬間、睨みあう。
「いや、すまん。そういう話をしにきたわけではない」
 木林は先に折れてみせた。石清水は鼻息一つ飛ばして、頭を掻く。
「こっちこそすみません。でもスルガさんはいい子なんですよ。僕、子供はどうかなって思ってたんですけど、スルガさん見てたら子供欲しくなりましたから」
「まあ、蓼食う虫も好き好きというな」
「おい」
 石清水の手にコードのついたグローブがはまっていなかったら、ツッコミで木林の身体が折れていたところだった。木林は苦笑している。
「いや、すまん。俺も仲間ということさ。俺にだって好きな蓼はある。希望世界、いいじゃないか」
「そんな話をしにこの大風の中来られているんですか?」
「まさか。本題はここからだ。希望世界にテロリストなのか反体制派なのかがいる」
「はぁ。悪い奴もいたもんですね」
 素朴過ぎる感想に木林は顔をしかめたが、石清水は気付かなかった。
「それを育てているこっち側の組織がある」
艦橋 かんばし さんが言ってたやつじゃなく、ですか」
「関係はしているのかもしれんな。 NEFCO ネフコ から希望世界を取り上げたくて、そういうことをしている団体がいる可能性はある」
「希望世界がうまく行ってない事を宣伝してアクセス権を取り上げる、ですか」
「ああ。艦橋が言ってた時にはなんのことだか分かっていなかったが」
「なるほど。よーし、じゃあそういうのを捕まえればいいんですね。任せてください」
「おいおい、どうやって」
 木林が尋ねると、石清水は天才の顔で言った。
「スルガさんに絶技使ってもらえばいいんですよ」
 そして即座に首を絞められた。
「お前艦橋があれだけ心配してたの分かってるのか」
「じょ、冗談です。冗談」
 ふんっ、と木林は鼻息荒く手を放した。石清水と見つめあう。
「そうか、艦橋が調べる手があったな」
「そうですね。うってつけの人がいました」
 それで、ロードパンサー内部の通信機から艦橋に直接連絡を取ることにした。ロードパンサーの設備なら盗聴も何もできないだろうという考えである。
 木林が顔をヘッドセットに近づけて来るのを嫌だなあと思いながら、通話ボタンを押す。
 石清水が三つ数える前に繋がった。

「はい、僕。艦橋です」
「随分さわやかな女声ですね」
「何のことですか」
 石清水は木林と至近距離で見つめあった。
「偽物だな」
「ええ。そうみたいで」
 通話を切った。石清水はとりあえず木林から離れた。
「本物はもっとオタクっぽい声なんですけどね。あえて半オクターブ低いというか」
「NEFCOの管制はどうなってるんだ」
 木林のうめきを、石清水は肩をすくめてスルーした。有事や非常事態、中でも大地震を想定してNEFCOの間借りする川崎管制センターは強力な防備が敷かれている。どんな災害でも最初に復旧すべきものが道路、その道路を預かる指揮所になる管制センターはトリプルバックアップの相互バックアップでかつ自力で数日はどうにかなり、社長以下幹部を受け入れて機能するように作られていた。もちろん出入りする人間の確認もしっかりしている。
 どんな方法か、それをどうにかしてきたという事は、有事とか非常事態ではない。ファンタジーだ。
「こりゃ絶技かな」
「おい」
「状況は厳しいですよ。木林さん。ツッコミは早ければ早いほどいい。ファンタジーな事態に対応できるのはファンタジーだけです。僕の持ってるファンタジー手札は一枚だけ」
「その一枚は年端もいかぬ女の子だろう。巻き込むのはどうとか思わんのか」
「年齢や性別で区別されなきゃならんようなうちのスルガさんじゃありませんよ」
 石清水はそう言ったあと、自嘲気味に言葉を続けた。
「心配はいりません」