第四十二話
「仕事」

〇愛知県某所 荒木邸

 トヨタさんの姿を見たら、すっかりやる気になった。
 荒木は肩を回すと家に帰って風呂に浸かりながら考えを巡らせた。トイレと風呂、自転車は考え事に向いていると荒木自身は思っている。

 まあ、やる気はいい。それはある。問題は手段。どうやるか、どう戦うかだ。違うな。戦うというよりは邪魔をする。 希望世界 エルス へのアクセスを制限したり止めたりすればそれでいい。それだけならそんなに難しくはない。ほんとか、いや、直接戦うよりはずっといいというか、この辺が可能な限界ラインだろう。それ以上は頑張ってもできない。
 半分顔を湯船に浸からせて、行儀悪くも考える。

 どうすれば”窓”のアクセス制限ができるか。何か適当に理由をつけてアクセス制限するのがいい気がする。一番いいのは年末年始とか、そういうので利用者が増える事だ。 NEOPASA ネオパーサ が混雑すれば”窓”もそれを理由に利用制限できる。
 問題はどう混雑させるかだ。NEOPASAでイベントでも起こすか。

 荒木は風呂場からリビングの娘に声をかけてスマホを取ってこさせた。長風呂するなとか健康に悪いとか落としたら知らないからねとか、小言を大量に言われながら渋い顔で携帯をいじる。
 イベント、何かないか。検索すると駅などのスタンプラリーが出てきた。月並みだが月並みゆえにそれがいい。尖ったことをやっても、来るのは選ばれた民だけだ。

 わくわくハイウェイを使用してスタンプラリー、というのであれば自分の手持ちの人材だけでやれる気がする。早速風呂から 藤前 ふじまえ に電話した。彼は今も NEFCO ネフコ の中にいる。
「また風呂からですか」
「そう、また風呂からだ」
「家族から嫌われますよ」
 一回湯船に沈めてやろうかと思ったが、感電するといやなのでやめた。
「お前のところはどうなんだ。え? 新婚だろ」
「聞きたいですか」
「いや。黙れ」
 藤前が激怒しているのが電話の向こうからでも分かったが、荒木は無視した。細かい事でもきっちり復讐するのが流儀である。
「突然だけどさ、幻想交流のスタンプラリーしない? わくわくハイウェイで」
「えーと。なんで荒木さんが突然そんなこと言い出すんですか」
「色々あるんだよ」
「まあいいですけどね。同じような企画はあるんで、やってみます」
「ありがとう。なるはやよろしく、じゃ」
「勝手だなぁ」
 まだ何か言っていた気もするが、荒木は電話を切った。なんだかんだと言っても藤前はやってくれるだろう。事情を話そうかとも思ったが、やめた。藤前自身は巻き込んでもいい気がするが、あそこの嫁さんがちょっと可哀想だ。

 一方藤前は、電話を片手に首をかしげた。こんな時間にこんな内容。よくわからない。いや、もとからよくわからない人ではあった。皆の見てる前で踊ってみたり。あれは今でも会社で話題になる。

 楽器を持った妻が、どんどん機嫌を悪くしている。曲を中断するとすぐこれだった。
「フジマエ! いつまでぼおっとしてるのよ!」
「お前もフジマエだろう」
 まあいいか。楽器を持った奥さんにはかなわない。藤前は毎日リサイタルの客状態である。毎日その声を聴きたいとは思っていたが、思ったのとは、なんか違った。
 結婚後7日で「いや、あの、テレビとか見たいんですけど」と言ったところ大喧嘩して、今に至る。つまり藤前完敗である。もはやバラエティもクイズ番組も見られないだろうと悟った。まあ、それでもこれはこれでいいかもなと、最近は思う。
「どしたのよ。にやにや笑って」
「言い方を考えろ」
「気持ち悪いんですけど」
「なんだと!」
 ちっとも夫婦の会話に聞こえないのだが、これで夫婦の会話なのだった。言った本人たちは言い終わって微笑みあった。なんというか妙な雰囲気になりそうなので、場面は変わる。

 翌日になると荒木のところにこっそり企画の概要が送られて来た。「わくわくハイウェイ スタンプラリー」と、電話で話した通りの内容だった。少し違うのはNEFCOを支える義勇社員の皆集まれ、という内容だったことだ。
 荒木は企画概要を読みながら、自らの顎をなでた。義勇社員か。確かにあれならいいかもしれない。なにせ、色々な物好き、いやいや、各界のスペシャリストの集まりだから、何か希望世界で起きても対応できる気がする。もちろんこっちの世界でのアクセス制限もできるだろう。なんの事情も話してないが、藤前、良くやった。俺だけはお前を褒めてやるぞ。心の中で。
 実行されれば介入している団体は一時的に身動きが取れなくなるだろう。この一時的な間に、今度は本格的な対処をしないといけない。木林に連絡を取りつつ、今度は本格的な対処を考えることにした。といっても、今は部署違いの荒木が出来ることは少ない。そこで岩井に連絡を取って、事情を話すことにした。
 電話をバンバン掛けながら荒木は笑顔になってきた。仕事じゃないが仕事は楽しい。まあ、女たちに怒られない程度に頑張ろうじゃないか。

 スタンプラリーの実施は前倒しに前倒しを重ねて年内スタートになった。問題は敵がその前に行動を起こした場合だが、その場合はどうしようもないと荒木は腹を括った。