第四十一話
「窓」

〇名古屋市 丸の内

 今は本社勤めに戻って巨人の相手よりは退屈な、しかし重要な仕事をしながら、荒木は先日の飲み会で 木林 きばやし が言っていた言葉を反芻していた。 希望世界 エルス に介入する別組織という言葉が、引っかかって週が明けても取れてくれない。
 正直に言えば、なんだそりゃという感じである。希望世界そのものは誰のものでもないのだが、現在希望世界とのアクセス可能な場所は東名と新東名に限られている。他にもあるのかと同業他社に聞いたり資料を調べたりはしたものの、やはりそういう話は出てこなかった。
 NEXCO中日本が管理運営する高速道路としては他にもあるが、こちらにだって希望世界と繋ぐ”窓”は存在していない。希望世界でかつてあった第三次世界大戦級の戦いで、地域が絶滅している可能性が高いという話であった。

 休憩時間、オフィス内の煙草部屋にて煙草を吸いながら一人考える。まあなんだ。あっちに介入するにしても、”窓”はうちが独占している。正確にはうちの管内にばかり”窓”が開いている。そんな状況で他組織があったとして、それをうち、というかうちのグループが知らないわけがない。
 ではなんだろう。知られていない”窓”が開いた、とか。
 もしそうなら希望世界に結構人が生き残っているのかも知れないなと、荒木は少し笑顔になって煙草をもみ消した。いい話じゃないか。放火とかそういうのは別として、人が生き残っていることはいい事だ。

 仕事を定時で終わらせてかつての部下だった 艦橋 かんばし に電話する。電話に出ない。うち以外で”窓”を持っているところがあるかを尋ねようとしたのだが、まあ、そういう事もあるか。家までの帰り、運転しながらつらつら考える。運転に集中しないといけないのだが、つい、考えてしまった。信号待ちだったのだ。
 他の”窓”があるという可能性もあるが、それよりもはるかに高い可能性として、うちの”窓”を使っている連中がいるんじゃなかろうか。だとすれば由々しきことだ。
 希望世界は希望世界に住む者たちのもの。うちは復興の手助けでいい。日本がかつて、そして今もそうしてきているように、そういう国々に支援する。教えられる復興に役立つ知識やノウハウはたくさんある。
 例えば舗装路の作り方、高速道路の概念、橋梁建設とかも役立つだろう。長期的にみるとインフラ構築のあとの維持管理も重要になる。それも教えられたら嬉しい。それであの巨人の女の悲しみが少し和らぐのなら、それでいい。個人の報酬としては十分だ。
 しかし、復興の手助けでない事を教えている連中もいる。木林の話では権力闘争のやり方などだ。誰がそんなもん教えているんだ。希望世界は、それどころじゃないだろう。しかもうちで開いている”窓”を使ってだ。
 ”窓”の利用を禁止する規定もなにもないのだが、気持ちとしてはかなり嫌な話だった。誰だ、そいつ。
 もっとも仮に見つける事ができても逮捕どころか罪に問うこともできないので、割とどうしようもできない。そもそも希望世界に悪意を持ち込む、という発想がこれまでなかった。希望世界発見から半世紀。思えば善意ばかりだったということか。

 さてどうしよう。気付けば長篠設楽原PAについており、いつかのように荒木はお立ち台に立った。迷うと見たくなる顔がある。浮気ではないが。
 見れば結構な数の利用者がお立ち台にあって、スマホで写真をとっていた。田園広がる 長篠設楽原 ながしのしたらがはら の風景は美しい。ついでに最近はスマホのアプリでも希望世界の様子が見られるようになった。わくわくハイウェイでも義勇社員専用のアプリがあるくらいだ。
 あちこち見ていたら巨人の女、というかトヨタさんが顔を見せた。しゃがみ込んでいたのか、下から急に顔が見えた。

「珍しいわね。7のつく日でもないのに」
「日曜日をそういう覚え方してたのか」
 なにもしてなくても大写しに見えるトヨタさんは、ちょっと笑った。悪戯っぽい顔。髪止めの仕事をしている猫たちが、眠そうな顔をしている。それどころか一匹は居眠りして落ちかけている。
「どうかした?」
 落ちかけた猫を手で支えながら、トヨタさんは微笑んでいる。5秒考えて荒木も微笑んだ。
「いや、別に。まあでも、やる気は出たよ」
「なんの?」
「たまには木林さんの真似をしたっていいかなと思ったんだ。いや、なんでもない。そっちの様子はどうだい?」
「相変わらずよ。でも、白骨平原の片づけを始めるって」
 ”窓”の開いていない場所に、そういう地形、地名があるという。かつて希望世界の戦争で出た大量の死者が、川の流れで集まって出来た場所という話だった。どうやら名前の通りの場所らしい。
「良い事なんだろうな。それ」
「多分ね。埋葬が終わるまでに何年もかかるだろうけど」
 荒木は頷いたあと、やっぱり希望世界に悪意持ち込むのはナシだなと思った。問題はどう対抗するかだ。
 トヨタさんと話をしていたら、数名の義勇社員が荒木さんですかと話しかけてきた。適当に相手をしつつ、荒木はどうやろうかと考えを巡らせ始める。