第四十話
「使命」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ

 希望世界では真夜中に営業している店はない。それでも酒を飲もうとすると家で飲むしかないのだが、大地巨人とも言われるだけあって、半巨人は余程のことがないと屋根の下に暮らそうとはしなかった。ついでに寝ころぶこともあまりない。日を浴びたり大地からの栄養を得ないと、すぐに弱る。
 必然夜中に飲み会をしている半巨人たちは、全員外で飲んでいる。道端である。スルガさんの領土も海に近いここまでくると、たまに自動兵器が上陸してくることもあって、建物はまばらだった。僅かに漁具を置く小屋と、自動兵器にも無視されるような小舟が並ぶ船着き場がある程度である。この頃海運はまったく死んでしまっていた。

 うっかり落ちたせいで、盛大な物音が立ってしまった。周囲全部の視線を集めて仕方なく、スルガさんは堂々とした態度で恥ずかしさを隠し、姿を見せた。
「お、お前はイワシミズを取ったやつ!」
 ヌマヅさんが起き上がって指さした。スルガさんはそっぽを向いて、口を開いた。
「言っておくけれど。あれは貴方の所有物ではなくってよ。それについては確認済み。嘘はつかないでいただける?」
 そう言ったら、立ち上がられた。半巨人とはいえ、その背の高さは4m半ほどもある。夜に見上げれば恐怖を感じさせる大きさだったが、スルガさんは何の感想も持たなかった。恐ろしいのは自分と同じ大妖精族。ただそれのみ。何重もの障壁を持ち、致命傷の傷をも癒す絶技を自動詠唱する関係で、絶技使いを殺せるのは絶技使いだけというのが希望世界の軍事常識だった。
 まあ、ツッコミなら絶技にも勝てるかも知れないと薄々スルガさんは気付いているが、それについてはここで考える必要もあるまい。
 バカにした目で半巨人を見る。身体の大きさに溺れて修行を積んでいないことは明白だった。これだからと、そう考えた。
「これだから逃げられるのでしょう?」
「なんのことだ。チビ」
「修行も何もしてないようね。そんな事だからイワシミズの気も引けないのよ」
 即座にヌマヅさんの顔が赤くなった。粗野ではあっても純朴だったのである。気を引くと言われてお婿さんとお嫁さんがその、あたりで思考が、止まった。頭から湯気が出た。巨大な脳を持つ種族だと、知恵熱が目で見えるようになる。

 その湯気を見上げて、スルガさんは小首をかしげた。絶技で子孫を残す大妖精族、ついでに花も恥じらう12歳にとって、ヌマヅさんの行動はスルガさんの予想範囲の遥か斜め上だった。想像力が追い付かないともいう。
「別に言い返さないでいいわよ。ただ言いたかっただけ」
 そう言って飛び去ろうとしたら、待て、と言われた。周囲の半巨人の娘たちがゆらりと立ち上がり、恐ろしい顔でスルガさんを見ている。
「たったそれだけの人数で戦えるとか思っている?」
 半巨人の娘の一人、ヌマヅさんの隣に立つ娘が口を開いた。
「そんなつもりはない」
 じゃあなんだと目で尋ねると、娘たちは皆恥ずかしそうにした。
「お、教えて欲しいんだが」
「へっ?」
 そこでへっ? とか声が出てしまうあたりが美少女ではないスルガさんである。娘たちは顔を見合わせ、ヌマヅさんの身体を激しく揺らして頭から酒を掛けながら口を開いた。
「その、男と一緒ということは色々あるのだろう。色々と。我々半巨人が男を失って久しい。だからその、色々知識が失われたりしているので、おおおお、教えてくれると嬉しい。まさにこれは領主の使命ではないだろうか」
 ほら、ヌマヅもなんかいえと、横の娘はヌマヅさんの肩を叩いた。どこかに飛んで行っていた魂が、ヌマヅさんに戻って来たようだった。
「バカ、アタシは別に……」
「一番知りたがってたくせにぃ」
 突如半巨人同士が喧嘩を始めた。半巨人たちの事情を知らぬスルガさんはよくわからない。
 とはいえ、仕方ないのでツッコんでとめた。轟音とともに両手を広げ、半巨人たちの間に入った。
「男がどうこうは分からないけれど、領主の使命と言われたら聞き捨てならないわね。いいでしょう。何を知りたいか話しなさい」
 ヌマヅさんを除く半巨人の娘たちがへへぇと正座した。ヌマヅさんは左右を見た。
「ば、バカ、なにしてんだ皆。そんなこと聞いてどうすんだよ! 男もいないのに」
「日本から連れてくればいい」
 半巨人の一人、長い髪を三つ編みにした娘が言った。
「に、ニホンには半巨人いないと言ってた」
 希望から目を逸らすようにヌマヅさんが小さく言った。
「この際細かい事はどうだっていいのよ」
 また別の娘が言った。
 スルガさんはその言葉で半巨人たちを見直した。細かいことを気にするような者とは仲良くなれないが、そうでないなら歓迎だった。
「なるほど。何か良くわからないが分かったわ。話を聞きましょう」
「いや、話すのはあんただろ、領主」
 そうだっけ、とスルガさんは小首をひねった。いやまあ、細かい事はどうだっていいのよ。
「いいわよ、何だって聞きなさい」
 最前列でヌマヅさんが土煙をあげて正座した。
「よ、よろしくお願いします」