第三十五話
「犯人」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  

 希望とは名ばかりの希望世界。地軸が傾き、惑星の軌道すらずれ、海岸線が原形を留めないほど破壊された地にも生活があり、住居がある。その前と比べれば絶望するほどみすぼらしく、苦しいものではあったけれども。

 日本では第三次世界大戦級の戦いと形容された戦いの後、作られた街は一様に高いところにある。これは防衛のためであり、大規模な自然破壊のあと頻発した津波のせいでもあった。そこから生き残った者たちは、少しずつ、降りて行った。今は山全体が一つの街になっている。
 そんな希望世界の街にあって、領主の館とは、山の一番上にあるものだった。多くは城の形式だったが、駿河湾沼津では城ではなく、館の形式だった。これは種族によるところが大きくて、魔法種族である大妖精は石造りの城程度に防御効果を見出してなかった点が大きい。他方人間が領主をやっている岡崎では、過剰なほどに堅固な城が作られていた。

 駿河湾沼津の領主の館、その中でも二階にある領主の私室、そのバルコニーから見ると、前進して足元までやってきている海が良く見える。
 さらに身を乗り出すと、小さい庭や、街が見える。領主の館に連なる細い道も見えた。
 その道を、兵士と半巨人が登っている。行儀悪くも身を乗り出して、スルガさんは目をこらした。リプダの言う火付け犯とはあの半巨人だろうか。いずれにせよ、館の中には留置場も何もないので庭で裁かないといけない。

 兵士に連れられ、人間を抱えた半巨人の娘が難しい顔をして領主の館の門を潜り抜けた。いっそ、乗り越えた方が楽そうにも見えたが、一応領主に配慮したらしい。
 スルガさんが階段を降りて姿を見せると、その顔が一層難しくなった。
 よくわからない反応だ。あの半巨人が犯人なのか。だとすれば抱えている人間の娘はなんだろう。

「で、誰が犯人なの?」
 スルガさんが尋ねたら、半巨人の娘はけっ、と言って抱える人間を差し出した。これが犯人らしい。それにしても火付けなど行うような者には見えなかった。ただの人間の、小娘。

「私は火付けなどしていません!」
 開口一番、娘もそう言った。まあ、実際犯人でもそうでなくてもそう言うだろうから、スルガさんとしてはどんな感想も持たなかった。
 手を伸ばし、小さく歌う。
 スルガさんは頷いて簡単な絶技を使った。嘘が使えなくなるだけの簡単なもの。
 しかしこの簡単な絶技は大妖精が他種族を支配するのに極めて有用だった。大妖精が人間を含む全種族を支配し、あげく全面戦争になったのはこの絶技のためと言えなくもない。

「もう一度」
「私が火付けしました!」
 言った本人が顔を青くした。スルガさんはゆっくり頷いた。
「そうよね。なぜ?」
「それは……お金をくれるって……」
 さらに顔を青くする娘。スルガさんは興味もなく頷いた。
「お金をくれると言った者の名前を言いなさい」
 娘は横領したあげくに逃げ出した部下の名を言った。なるほど。どうも自分は恨まれているらしい。この間もそういうのがあった。
「分かりました」
 スルガさんが絶技を解くと、火付け犯は顔を真っ赤にして怒り出した。睨み暴れ、取り押さえられながら口を開く。
「人の頭の中を覗くなんて、なんておぞましい事を! この忌まわしい魔法種族め」
「じゃあ、人間がやるみたいに拷問の方が良かった?」
 火付け犯はすぐに黙った。スルガさんとしては脅すつもりもなにもなく、そのまま事務的に告げた。
「一晩ほど、牢屋で頭を冷やしなさい。そのうえでもう一度同じ絶技をかけて、私はあなたに問います。二度と火付けをしないか、この街に害意はあるかと。なければ放免。悪意があるなら、仕方ないからまたしばらく牢屋にいることになる」
 火付け犯は何も言わなかった。ただ憎しみの目でこちらを見るだけだ。スルガさんはなんでやねんと言いかけたが、言うのはやめた。ツッコむ価値もない。

「私に対する害意や怒りは尋ねないから安心しなさい。牢屋に連れて行って」
「はっ」
 ちなみに街のどこに牢屋があるのか、スルガさんは知らない。あんまり汚いと病気になるかもしれないから、きちんと衛生管理させようと、そんなことを思った。
 これで用件終わりと思ったところ、事の最初から難しい顔をしていた半巨人が歯を見せて口を開いた。

「おい、まてよ。それだけか」
「火付け犯逮捕ありがとう。報酬についてはリプダから貰ってください」
「違う!」
 半巨人は地団駄踏んで怒りをあらわにした。そう言われても、なんで怒っているのかスルガさんには分からない。スルガさんはこの半巨人、ヌマヅさんを殺しかけた事を覚えてなかった。正確には出来事を覚えてはいたが、ヌマヅさんの顔を覚えてはいなかった。むしろ覚えているのは水着姿で踊るイワシミズばかりだったという。
 しかし、殺されかけた方はそうでもなかった。そもそもこの街に領主も大妖精も一人しかいない。

「お前には半巨人の心がないのか!」
「ないわよ。だって私大妖精だもの」
 半巨人は顔を赤くした後、誤魔化すように怒った。この際ツッコんでやろうかとも思ったが、やめた。これまたこんな奴にツッコんでも仕方ない。
「一人芝居、ご苦労様といいたいけれど、私は修行しないといけないの、用件があるなら早くいいなさい」
「何も心の中を覗くことはないだろ! 私が現場抑えてたんだから!」
「そうね。でも濡れ衣とか、人間や半巨人はやるでしょ? あなたは嘘はついてないかもしれない。でも私にそれは分からないわ。はじめて会うのだもの」
「はじめてじゃない! アタシはあんたに殺されかけた!」
 そう言われてスルガさんはようやくヌマヅさんを思いだした。

「ああ、あの時の消火を邪魔してた半巨人」
 ヌマヅさんは両手を上げて怒った。
「お前が爆発させたんだろうが!」
「違います。火を火で消しただけ」
「そんなこと……」
 スルガさんはため息。自分に絶技を掛ける。
「先ほどの火付け犯に使ったものと同じよ。聞いてみなさい」
「え、いや、それは」
 スルガさんはヌマヅさんを見上げた。
「そう。それならそれでいいわ。あなたの勘違いについては不問にしましょう。力が劣ることに罰はありません。報酬についてはリプダに言いなさい。以上」
 スルガさんは鼻で笑って館に戻りだした。背後で半巨人が叫んでいる。
「この半巨人でなし! イワシミズを返せ!」
「だから、私は大妖精だって」
 イワシミズと言われて、ちょっと心がざわめいた。