第三十二話
「乙女とオヤジ」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  火事のあった通り

 夜中に半巨人が歩いていると怖いものである。希望世界でなければ昼間でも怖いかもしれない。近い距離で気付いて、驚いたり犬に吠えられたりする。
 黒い服に身を包んだヌマヅさんが、肩に小鳥を乗せて姿を見せる。

「しかし、騎士が小鳥にねえ」
「いないよりはマシってやつさ」
 嫌がるイワシミズを残業させ、ちょっとロードパンサーを借りて小鳥の姿になったキバヤシは、チチチとよろけながら言った。中々操作が難しい。イワシミズは実は結構器用なのかもしれない。
「火つけなんて、本当にいるのかね」
 一方見回りすることにしたものの、ヌマヅさんはいまいち納得していない様子である。戦争の記憶が濃いこの世界、生き残りは種族の別なく助け合って生きていた、身内争いなんて、とてもではないが信じられない。
 小鳥姿のキバヤシは、小さく肯いた。
「復興が進めば、そういう事もある。この地は、駿河湾沼津は復興が進んでいる」
「かろうじて食うに困ってないだけさ」
「醸造アルコールや酢に転じるだけの穀物があるのは、かなりの……まて、今センサーに、えっとこれどうやるんだ」
「何のこと?」
「いや、こっちの話だ。意外に操作が……あ、分かった。200m先だ。火災と思われる熱源がある」
 この頃希望世界の駿河湾沼津には、日本の江戸時代を真似て水を入れた桶が積んである。走って水桶を掴んで両脇に抱えてヌマヅさんは走った。路地に滑り込んだところ確かに火付けの現場に居合わせた。
 壁に立てかけられたボロ布が燃えている。油を含ませてあったのか、火勢は激しい。ヌマヅさんは叫びながら水をかけ、それでも足りぬとなると壁板を怪力で引きはがして大きな通りに運んできた。足で踏み消す。
「靴を履いてないようだが!?」
「半巨人の足の裏は厚いんだよ! これより厚いのは貴族の化粧だけだってね」
「そうか、じゃあ任せた」
「え?」
 思い切りよくヌマヅさんの肩から離れて、小鳥は壁にぶつかりながらも飛んだ。火付けの犯人を追いかける。
「小鳥だけに夜目が利かん! あ、これか。いや、このボタンか」
 小鳥は細かく震えながらギャーと声をあげた。火付けの犯人もびっくりするような事態だった。ヌマヅさんも慌てて走って来た。
「大丈夫かい!? キバヤシ」
「あー。うん。俺は大丈夫だ」
 小鳥は細かく震えながら言ったが、ちっとも大丈夫そうではない。ヌマヅさんはそんな姿で無茶するからと言いながら、火付けの犯人を捕まえた。人間、である。女である。もっとも戦争の後遺症で男はすっかり少なくなっていたから、それそのものは不思議でもなんでもない。
 捕まえた犯人は、当然のように暴れた。放して、と騒いだ。もちろんそれで放して貰えるわけもない。
「どうするかねぇ、これ。痛めつけて口を割るならいいんだけど」
「いや、痛めつけるのはなしだ」
 小鳥はそう言った。ようやく普通の動きになってきた。
「火付けとなりゃ悲惨な結末がまってるもんさ。そっちは違うのかい」
「まあ、こっちも昔はそうだったが。いや、言い換えよう。お嬢さんが暴力を振るうのは見たくない」
 小鳥に言われてヌマヅさんは小娘のように顔を赤くした。
「はあ? 何を言ってるんだか。まあいいけどね。じゃあ、こいつどうするのさ」
「とりあえず領主に引き渡す」
 ヌマヅさんは再び肩に乗った小鳥を見る。
「領主が真犯人かもしれないじゃないか」
「だから、それはない」
 そう言われてヌマヅさんは面白くない。身体は4m半あって、普段の言動は豪快でも、心は意外に狭いのである。というよりも、心は乙女なのだった。
「やけに肩持つじゃないか。あんなやつの」
 足で地面を蹴りながらヌマヅさんは言った。小鳥は右に左に揺れながら嘴を開いた。
「いや、肩は持ってない。というよりも、肩を持つことが出来るほど領主について詳しく知っているわけじゃない。報告書は見ているが、まあ、人柄という意味で」
「じゃあ、なんでよ」
「単純に、事実として領主のところに引き渡したということにしたい。すると敵がどうあれ行動を制限される。たとえ領主が犯人でも、表向きは警戒を厳しくしないといけない。領主が犯人でなければなおさら警戒を厳重にするだろう」
 小鳥はそれだけ言った後で、片目を瞑ってヌマヅさんの顔を見た。
「もちろん本音はお嬢さんに暴力を振るわせたくない。これに尽きる」
 ヌマヅさんは捕まえた人間でモジモジしようかと思ってやめた。怪我させそう。仕方ないので掴んだまま横を見た。
「仕方ないね。分かった。でも私はお嬢さんって柄じゃないよ」
「俺からみりゃ皆お嬢さんだ」
 キバヤシはそう言ったあと、気難しいお嬢さんをうまく操縦する、スリリングな夜だなとオヤジ臭いことを思った。無論、口に出したら色々言われそうなので黙っている。格好いいオヤジとは、黙ることを覚えることだとキバヤシは呟いた。凡百の嫌われオヤジと素敵なオジサマの違いとは、いらんことを言うかどうかに大分かかっている。