第三十一話
「寝物語」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  領主の部屋

 雲を突き抜けるまで上にあがり砕けた空中島を避けながら、スルガさんは嬉しそうに笑った。そのままふわりと停止して、難しい顔をして見せる。

「私、目つき悪いと思う?」
「スルガさんは人の価値は目つきにあると思う?」
「いいえ。人の価値はツッコミの速度だと思うわ」
「僕もそう思う。世界がそう思っていると思うよ」

 ずっとずっと気にしていたことが、くだらない事だったことに気付いて、スルガさんは一人で声をあげて笑って、一人芝居で小鳥の役とお姫様の役をして、一人で顔を赤くして1000mばかり高度を落としてしまった。
 いけないいけないと、上空にふんわり戻って来る。

「私を誰だと思う? 領主? それとも小娘?」
「ツッコミのボンベイブラッドや」
 やーだーもー。もうもうもうもう。
 また一人芝居して高度を落とした。一人ボケツッコミだった。
 どうも領主の娘とか、こまけえことはどうだっていいんだらしい。
 顔を真っ赤にして、スルガさんは黒く見えるくらいの空を見上げた。

 生まれてきてはじめてというくらいに心が、軽い。
 いや、逆か。心が軽くなければ、神速のツッコミなどできるはずもない。
 もっと心が軽くなれば、重さなどないかのように心を磨けば、もっと速く、もっと強力なツッコミができるだろうか。
 自分なりにツッコミについて分かったことがある。ツッコミに身分はない。おそらくは種族も関係ない。ツッコミはツッコミである。他のなんでもなく、他のなんでも代わりにはならない。
 ツッコミを完成させるには膨大な修行がいる。修練がいる。空を飛べるくらいではいかんともしがたく、絶技程度ではその深奥に辿り着くことはできないだろう。細かい事を気にしなければならぬほど命は長くなく、すべてを捨てて修行してもなお、終わりなどないかもしれない。
 イワシミズも、自分のツッコミは弱いと言っていた。まだ上には上がある。恐れをなすほどの上がある。
 スルガさんは微笑んだ。少女ならではの純真さで、果てしないツッコミの天の高みに、登ってみたいと考えた。
 それが十分に早ければ、確かに世界だって変えられる。そしてその風景は、とても綺麗に違いない。イワシミズも褒めてくれるだろう。

 世界がキラキラしている。
 スルガさんはそう思ったあとで、手をあげてなんでやねんと一人でツッコんだ。その手すらもキラキラしているような気がした。

 領主として十分完璧に表情を平常通りに整え、バルコニーに帰って来たのはもう夕方のこと。逃げ出した元部下は、捕らえられて地下牢に入れられたという。二回逃げなかったのかと、ちょっと不思議に思ったが、リプダがどうにかしたのかもしれない。
 まあ、こまけえことはどうだっていいのよと食事して、湯あみして、ベッドに入る。

 最近寝るのが楽しみになった。何故なら、明日が来るから。明日は楽しい。明日になれば修行もできる。大変なことや悲しい事もあるかもしれないけれど。それでも、だ。
 珍しくこんな時間なのにイワシミズというか小鳥がバルコニーの手すりの上で踊っている。

「どうしたの、イワシミズ?」
「今日は残業ですよ」
「小鳥も大変なのね」
「まあ、そうかもしれません」
 小鳥はチチチと踊りながら言った。スルガさんは小さな喜びを感じて掛け布団をかぶった。
「毎日残業してもいいのよ。私、話し相手になってあげるわ」
「なんでやねん」
 さすが小鳥はツッコミが速い。スルガさんはちょっと残念そうに微笑んで普段言えないことを言うことにした。寝物語ならなんだって話すものだと教わってきた。それは小鳥相手でも同じだろう。
「ねえ、 NEFCO ネフコ はなんで接触してきているの。道路ってなに? なんでお父様は合意したの? NEFCOが何も受け取らないのはなぜ? イワシミズはどうなの?」
「道路は道路ですよ。自動兵器が海運を阻んでいるので勢い、できるのは陸上輸送だけです。戦争前のように空を使った大量輸送は難しいという話です」
 スルガさんは顔をしかめた。寝物語としては適当でない。
「そんなんじゃなくて、どうして道を作ろうとしているの?」
「どうしてって、気持ちの話ですか。そうですねえ親会社のせいですかね。道を作りたいんですよ。ドワンゴもNEXCO中日本も。皆が繋がる道を、皆が通る道を、皆が交流する道を」
「こっちの世界に?」
「こっちの世界にも」
「なんで?」
 小鳥は翼の先を嘴につけて少し考えた。
「そうですねえ。どこかにいるかもしれないし、どこかにあるかもしれないじゃないですか。道の先に、理想というやつが」
「究極のボケがあるのね」
「そうそう」
「そうか。そうね。確かにそれならイワシミズもこっちに来るし、私もあってみたい。確かに道を作ってみたいわ」
「ええ。そうすればいつかは」
「いつかは?」
 スルガさんは眠くなって目を閉じながら尋ねた。
 小鳥が飛んできて優しく頬に触れた。
 何か言ってくれた気がした。