第三十話
「才能」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ

「やっぱりボケにも修行や才能がいると思うのよね」
 今日も今日とて広い自室にて修行中のスルガさんがそう言うと、小鳥は踊りながら頷いた。
「いるいる。むしろ才能がいる。ツッコミは修行、ボケは才能ですよ」
「だったら私だけ訓練しても仕方ないんじゃない?」
「そんなことはない。いいボケがあったら誰よりも早くツッコまないと遅れますよ」
 遅れたらどうなるんだろうとスルガさんは思ったが、まあ細かいことなのでどうでもいいかと思った。それより最近は、ツッコミが楽しい。高く険しい山を自分の脚だけで登る様なものだけど、今ならだがそれがいいと言えてしまいそうな恐ろしさがある。
 それに、おかげで他のものも見えるようになった。領主という仕事もツッコミに当てはめれば、色々見えてくる。今なら、領主の仕事も大変なんだと分かる。ほんの少し前までは、恥ずかしながらそんなことすら分かってなかった。
「ねえ、ツッコミを勉強するように、他のことも勉強できると思う?」
「誰が?」
「私が」
 小鳥はしばらく踊ったが不意に嘴を開いた。
「出来ますよ。他にどんな道があるか分からないけれど、ツッコミほど高く険しい道もない」
「そうか。そうよね」
 スルガさんは嬉しそうに言った。本当にそんな気になった。
 しかし喜んだのも一瞬、すぐにしおれる。自分の目じりに手を触れた。
「私、目つき悪いと思う?」
「いきなりのボケ!」
「ボケじゃない!」
 小鳥と睨みあう。小鳥は面倒くさそうに翼を揺らした。
「スルガさんは人の価値は目つきにあると思う?」
「いいえ。人の価値はツッコミの速度だと思うわ」
「僕もそう思う。世界がそう思っていると思うよ」
 石清水は踊りながらそう言った。スルガさんはそれもそうかと思い直した。ツッコミが十分に速ければ、絶技が使えるかどうかすら大した問題ではない。

 バルコニーの下で大騒ぎが起きたのはその直後だった。
 身を乗り出して見ると前に逃げ出した部下の一人が少数の手勢を連れて手に円盤を持って大笑いしている。
「なんなの、バカなの?」
 スルガさんが呟くのと同時に下から声がした。
「我が領主よ!」
 ちっとも敬ってない感じで元部下が言った。円盤を高く掲げ、笑顔を見せる。
「我が領主よ。私は疑惑を晴らしにまいりましたぞ!」
 疑惑を晴らすという割に、手勢は武器を構えている。
「ちなみに、この円盤は絶技を使えなくする宝物だ! 無駄な抵抗はやめて頂きたい!」
 それ、たぶんうちの庫にあったんだろうなあとスルガさんは思った。なんというか。
バカとしかいいようがない。ボケに才能がない。
 ため息をついていたら、リプダがさらに自分の手勢を連れて姿を見せた。武器を持って互いに睨みあうという状況だ。何をやってるのか、という気になった。家の格のせいなのか、リプダの方がかなり劣勢に見える。

 スルガさんは円盤を軽く見た後、三つ編みを作ってさらにそれを頭に巻いて髪をまとめる。一度奥に戻って動きやすい服装に着替え、行儀の悪いことにバルコニーの手すりの上に座りこんだ。小鳥に話しかける。
「私を誰だと思う? 領主? それとも小娘?」
「ツッコミのボンベイブラッドや」
 小鳥がそう告げると、スルガさんはちょっと笑って、バルコニーから飛び降りた。10mほどの高さを庭に生えた木々の助けを借りて着地し、軽い足取りで前に進む。

「そこまでよ。乱暴狼藉は許さない」

「いや、だからこれがある限り絶技は使えないと……」
 絶技よりもはるかに速く、スルガさんは轟雷の音とともに震脚で肘を突き立てて自分よりも何倍も大きな大人たちを叩きのめした。一瞬よりももっと速い神速の、周囲の人間が凝視した上に息を呑む、目の覚めるような一撃だった。
「なんでやねん」
 数名が倒れたそのあとで、スルガさんはそう静かに言った。その手には絶技の使用を阻止する円盤が手にある。周囲が震えた。

 上空を小鳥がループしている。
「今のはいいツッコミだった」
 スルガさんは笑いの欠片を口の端に浮かべて前に一歩進んだ。その目がどんな力も使ってはいないのに、青い光をあげて輝いている。
「まだまだよ。さあ、かかって来なさい」

 これまでの少女の日々の努力の前に大人たちは脆くも瓦解して逃げ出した。
 逃げ出す後ろ姿に鼻息をかけて、スルガさんは腕を組んだ。
「たいしたことないわね」
「修行が足りん」
 小鳥が言った。スルガさんはちょっと笑って歩を前に進めた。円盤をリプダに放り投げて走り出す。今なら前よりもずっと上手く飛べる気がする。
 透けるような綺麗な羽根を出してスルガさんは飛び、飛んだ。飛んでいった。
 バレルロールし、ループし、インメルマンターンをして、そしてスルガさんは微笑むと、遠く高くへ去っていった。