第三話
「半巨人」

○NEOPASA駿河湾沼津

  石清水 いわしみず が今日も今日とて 希望世界 エルス の半巨人お姉さんの説得に、 NEOPASA ネオパーサ 駿河湾沼津の駐車場の一角、白い布に隠された場所を訪れると、SA内でうまいパンを焼くパン屋のお姉さんと、希望世界の半巨人お姉さんが意気投合して喋りこんでいた。
「へぇ、うまそうなパンだね」
「でしょー!?」
 朝から脱力する光景を見て、石清水は家に、東京に帰りたくなった。皆楽しんでるし、僕とかどうでもいいですよね。という気分である。目は、多分死んでいる。

 最近奥さんにメッセージ送っても既読スルーされて心ささくれている時に、こういう光景は心に刺さる。
 しかも片方のお姉さん、希望世界の半巨人は、石清水が東京に帰れない原因なのだった。
「なんだよ今頃来たのかよ」
 しかもこんな事を言った。石清水はポーカーフェイスで返事をしたつもりだったが、パン屋のお姉さんは、目を、逸らした。
 希望世界の半巨人は、面白そうな顔をしている。
「あんた面白いね」
「僕は面白くないです。いやもう、お家に返してー」
「帰ればいいじゃん。戦争かなんかあったの」
「綺麗な風景を見せる企画のはずが酒乱のお姉さんがですね」
「美人だからいいだろ?」
 ウインクして希望世界の半巨人は笑って見せた。日に焼けた肌は健康的だが、残念ながら石清水の趣味ではなかった。奥さんLOVEだったのである。
 石清水は長いため息のあと、ゆっくり、噛んで含めるように口を開いた。
「自分で言わないでください。あと僕妻帯者で新婚ですから。重要なんで二回言いますけど妻帯者で新婚です」
「聞いた聞いた。ついでにいうと、私は小さいのに興味はない。それともそっちじゃそういう趣味の人多いの?」
「いえ。全然。そもそも大きい人いないです。いやー、意見一致して良かった。よし、そろそろお互い家に帰りましょう。そして寝ましょう」
「まだ朝だって」
 石清水は暴れた。
「だからー! 100mでいいんで横に動いてくださいって言ってるでしょ! 画面にあなたが映ると! 邪魔! なんです!」
 半巨人は巨大な胸を揺らして笑った。
「い・や・だ」
「な・ん・で・ですか。恋ですか」
「いや、こっち、笑いに飢えてて」
 つまり僕は、お笑い芸人扱いか。
 石清水は真後ろに倒れて天井を見た後、もう駄目だと思った。この職場は心に悪すぎる。労災だ。そう、労災を申請しよう。
「あたしが言うのもなんだけどさ。あんた暇そうね」
「エルスの人ってこういうのばっかりなのかしら」
「エルスって何?」
「そっちの世界ですよ」
 石清水は起き上がって椅子に座り直した。パン屋のお姉さんがパンを持ってきてくれたので、これを齧りながら、今日も立ち退き交渉である。
「へえ。そういう名前なんだね」
「自称は違うんですか?」
「単に世界と呼んでるねえ」
「あー。それはこっちもそうです」
 で。石清水は椅子に座り直した。
「いやだ」
「まだ何も言ってません!」
 半巨人は片手に持った樽で実にうまそうに酒を飲んで、息を吐いた。
 僕も飲みたい。
「あんたさー。半巨人には頼み方ってのがあるんじゃないの?」
「僕人間ですし」
「あはは、そうか。こりゃお姉さん一本取られた」
「じゃあ」
「いやだ」
 ですよねーと石清水は思った。で、その日はそのまま退散した。ちょっと試してみたい対策を思いついたのである。

 翌日になると、石清水は別のモニターというか、テレビを持ってきた。
「なにそれ」
「お笑いに飢えてるんでしょ。これを見ればイチコロですよ。ふふふ」
「なんか気持ち悪いんだけど」
「うるさい、黙ってください」
 そして日本のTV番組を見せた。石清水が尊敬するお笑い芸人の珠玉のコントビデオである。これだ、これだ。
「これを見れば、あっという間に満足して、すぐお帰りですよ!」
「おうおう、いい気になるなよ人間、こうみえてもあたしは半巨人屈指のお笑い評論家だよ」
 そういう風にはとても見えないが、石清水は黙った。正直に言うと、勝ったと思っていた。

 5分後、NEOPASA駿河湾沼津の上り線ぷらっとパークの一角で、大笑いの声が聞こえた。5km先まで聞こえるような声だった。
 当然すぐに石清水は本社に呼び出され、過去類例のないほど怒られることになる。

 石清水は語る。試合には勝ったが、勝負に負けた。
 あるいはこうも言った。あんなに大きな声とは思わなかったと。

 いずれにせよ、この日も半巨人のお姉さん帰らず。石清水の経歴に傷が一個増えただけだった。