第二十九話
「轟雷」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  領主の部屋

 天気のいい日。
 スルガさんが今日も今日とて髪を三つ編みにして居室でツッコミの練習をしていると、不意に大きな音が出た。踏み込みの時に体重が乗り、轟雷が落ちたかのような音でツッコミが入ったのである。しかも、異様に速い。これだ、これだ。これなら小鳥だって落とせるかも。
 反復練習してものにしようとあれこれ工夫をした。どうも中腰が重要らしい。
 できる。また絶技でもないのに轟雷を起こせる。すさまじい音のツッコミにスルガさんは嬉しくなった。
 問題は凄まじい音に周囲がびっくりしてしまうことだ。あと、絨毯が破れる。使いどころが中々難しい。
 音が気持ちいい。意味もなく踏み鳴らしていたら、どこをさぼっていたのか小鳥の 石清水 いわしみず がバルコニーに止まった。
「それは 踏鳴 ふみなり ですね。 震脚 しんきゃく 、ともいいます」
「なにそれ?」
「ツッコミの脚の形。最速目指してたら偶然武術と同じ形に」
 落雷の音がしてスルガさんはツッコミの裏拳を入れたが小鳥は自らスルガさんに近づいて簡単に避けた。
 いい速度だと思ったのだが、なかなかうまくいかない。それでしょんぼり、なんでやねんと呟いたら、小鳥が踊りながらくちばしを開いた。
「ツッコミはもっと全身使わないと。例えば肘。近接されたら肘のツッコミが最高ですよ!」
「なんでやねん!」
 轟雷音とともに肘が前に出た。小鳥は後ろに飛んで衝撃を防いだ。
「そうそう、今のはいいツッコミ」
「このツッコミ単独じゃ駄目か……」
 ツッコミの道は、高く険しい。スルガさんは攻撃の流れの中に轟雷と名付けたツッコミを入れることにした。一つのパターンでは石清水はいとも簡単によけてしまうから、いくつもパターンを構築して考えるより先に体が動くようにしないといけない。
 上下にツッコミを散らしたり足払いを入れたり、しかし、組み立ての完成度をあげるほど、絶技が中々入らなくなる。
 いっそ、絶技抜きで小鳥を打ち落とすべきか。しかしそれはそれで、なんというか負けた感じがする。
 悩んでいたら決意の面持ちでいつかの使用人がやってきた。数名の男を連れて目の前に跪いている。小鳥が踊ったが、スルガさんも踊りたい気分だった。
「どうしたの?」
「お怒りのご様子でしたので、急ぎ、はせ参じました」
「イワシミズ、私怒ってたっけ」
「さあ」
 まったく役に立たない小鳥に当たらないツッコミを入れて、スルガさんは使用人を見た。小鳥や自分より、随分と思いつめた様子だった。
「私は怒ってないわ」
「いえ、でも」
 使用人は穴の開いた絨毯を見ている。なんか恥ずかしい。
「ああ、うん、気付いてはいたわよ。気付いてはいたのよ。ただちょっと修復の絶技が間に合ってないだけで。ほんとよ!? ほんとなんだから」
「いえ、はい。お気持ちは分かります」
 絶対分かってないとスルガさんは思ったが、何も言えなかった。これは言えば言うほど怒ってると勘違いされるパターンだ。
「えっと、あなたの字名は?」
「私はリプダ・エファーゴと申します。領主さま」
「うん。まあ、そのちょっとうるさかったとは思うけど、そんなに心配はいらないわ」
「はい。あの」
 リプダは何か言いたそう。修行に戻りたいのだが、簡単には戻れなさそうだった。それでため息をついて、スルガさんは髪を解いて頭を振った。
「何?」
「ご命令に従い、急いで予算を組み直しました。領庫も確認し、実際の数字を見ております」
 そんな命令したっけとスルガさんは思ったが、本人たちは明らかにがんばった様子である。そんな命令を出したのか、尋ねるのも難しく、スルガさんは目を彷徨わせた。
 あ、ツッコミすれば良かったかしら。いや、でも。いや、そうじゃなく、なんというか、うまい事言わないと。そう、そうだ。
「木簡は?」
「こちらに。領庫の兵器や財宝が減っておりました。恐れながら私財としていたものがいたせいかと……少なくない兵器の類がなくなっております」
 それ横領じゃない? とスルガさんは怒ろうとしたが、当の本人たちはとっくに逃げてしまっている。なるほど。どうやら自分は間抜けだったらしい。なんで逃げたのか分からなかったが。あれは逃亡だったのか。父に教わったまま、なんとなく書類にサインしていたが、それでは全然ダメだった。
 ツッコミと同じね。スルガさんはそう思う。実際にやって工夫を積み重ねて、はじめてわかるものもある。
 悔しいが、イワシミズの教える通りというわけだ。
「逃げ出した者たちを追いかけております」
 沈黙をどう思ったが、リプダは深く頭を下げて言った。スルガさんは笑った。
「私が間抜けだったのよ、まあ、細かいことはどうだっていいわ。これからのことを考えましょう」
「細かい、ですか……」
「三の倍数でアホになるよりはずっといい」
 リプダは良くわからない顔をしたが、スルガは無視した。
「追っ手はいい。財宝が減ったことによる困ったことは?」
「兵器類は直ぐには困ったことはないと思いますが、財宝の方は……税金を上げるしかないようです」
「領民は納得しないでしょうね。分かりました。他に報告は?」
「僭越ながら、以後は家宰として、わたくしリプダがスルガさまの領土を管理いたします」
「分かりました。リプダ。たのみます」
 リプダは顔を心持ち赤くして平身低頭した。
「命にかけましても」
 リプダは石清水ほどボケの才能がないらしい。なんでやねんとツッコむ気にもなれず。スルガさんは小さく肯いた。