第二十七話
「粛正」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ  火事のあった通り

 希望世界の駿河湾沼津では、新しい家が完成式を迎えていた。
 花束を置いて歌を歌い、家の守りを担う小妖精を呼び寄せるのである。小妖精は戦争によって絶滅に瀕して、このあたりまでやって来るようなことはなかったが、今でも伝統的に行われていた。
 周辺住民の歌声を聞きながら、大したもんだと窓越しに眺める 木林 きばやし は思った。日本なら半年はかかるだろう。地震対策は大丈夫かと少々心配ではあるが、水を差すのも悪い気がして黙っていた。
 儀式が終わると、道の中にテーブルや椅子が並べられ、テーブルクロスが置かれて料理や酒が運び込まれた。宴会が始まるようだった。
「飲んでる?」
 窓に顔を近づけたのは半巨人のヌマヅさんである。手には樽を改造したジョッキを持っていた。
 木林は笑顔を向けてワサビサイダーの瓶を見せた。サイダーコーナーの充実する NEOPASA ネオパーサ 駿河湾沼津の中でもかなりの個性派サイダーであった。
 顔をしかめながら飲むと、苦手な人がビールを飲んでいるように見える逸品である。
「そういや、領主のところで粛清があったらしいよ」
「粛清?」
「うん、長年勤めてきた連中の多くが夜逃げしたんだって。こりゃー、いよいよこの街も駄目かもねえ」
「そんなことが」
 情報収集をしようとしている間に事態がどんどん動いている。良くない流れだなと木林は腕を組んだ。のんびりしている暇はないということか。
「まあ、これに懲りてイワシミズも戻って来るんじゃないのかね」
 ちらちらとヌマヅさんがこちらを伺いながら言っている。何か情報を得たいのだろうが、木林としては提供する情報も持ち合わせていない。
「あとで確認してみるが、今のところそういう話は聞いていない。 石清水 いわしみず くんじゃなくて、粛清のほうだな」
「街はもちきりだよ。まあ、だいたいは冷ややかな目で見てるけど」
「なるほど」
 木林はワサビサイダーを飲みながら、味だけではなく顔をしかめた。今の状況をどう見るか。決まっている。
「昔は日本も物騒だった」
「なぐさめかい?」
「いや、その時代を生きていた人間の経験の話さ。すぐにでも見回りをした方がいい」
 ヌマヅさんが、ゆっくり木林の顔を見た。
「なんだって?」
「攻撃を受けているかもしれない。不審火がまた出るかも」
 ヌマヅさんがジョッキを取り落としそうになった。木林を二度見して、窓に顔を寄せた。
「騎士をやめて占い師にでもなったのかい」
「だから、経験だって。噂話が連発すると、次に実行役が実行を行う。社会不安のあおり方のセオリーだな」
「セオリー?」
「理論だ」
 よくわからないという顔のヌマヅさん。木林の表情を見て、ため息。
「そっちも、大変だったんだね」
「今の平和に至るまで色々あったのは事実だ。火事は来る、と思った方がいい」
「あのチビっこい領主が火をつける?」
「こういう時には誰が一番得をするかと考えた方がいい。領主が自分のところに火をつけて得をすることはない」
「子供は癇癪を起すかもしれないよ?」
「確かに。だがそれなら、もっと分かりやすい大騒ぎを起こしているはずだ」
 ヌマヅさんと木林は睨みあった。ヌマヅさんは少しだけ顔を赤くして横を見た。
「まあ、筋は通ってるね。分かった。あちこちに声かけて見回り隊を作ってみる」
「それがいい。俺のほうも噂を確認する。夜回りについて行きたいが、どうしたもんかな」
「窓から移動できるのかい?」
「それができれば一番いいが、他にもあるかもしれない」
 ヌマヅさんは大きな顔を少し緩ませた。
「ま、期待してないけど、待ってるよ」
「ああ、そうしてくれ」

 モニターから目を話すと、木林はスマホを取り出して、5秒考えてポケットに戻した。そのまま白い布を跳ね上げ、外に。駐車場を見る。ロードパンサーが止まっていた。
「よお、石清水くんはいるかい」
「あ、はい、います。ちょっとお待ちを」
 石清水は点検用ハッチの一つを開けて顔を出した。ヘッドセットはつけたままだ。
 木林は顔を近づけた。
「そっちで粛清があったというのは本当か?」
「聞いたことないです。あ、素で答えちゃった」
「なんのことか分からないが、素でいい、素で」
 木林はロードパンサーに背を預けて腕を組んだ。
「こっちで、領主が粛清したという話があった。古くからの家臣がまとめて逃げ出したと」
「そういうことがあったにしては、ケロリとしてますよ。ウチの姫さまは、性格的に自分が悪くなくても、そういうことがあったら落ち込みそうなものなんですけど」
「そうか……じゃあ、やっぱりデマだな」
「なんのことです?」
「攻撃は一度だけと思うなという話だ。ところでそいつ、借りることはできないか」
 言われた石清水はそいつ、というか、ロードパンサーを見た。黄色と白の大きな検査車両。
「いやいやいやいや。僕じゃなんとも。 艦橋 かんばし さんに聞くのがいいんでは」
「そうだな」
 木林はスマホを取り出した。5秒考えて電話をかけ始める。