第二十五話
「美女」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ

 午前3時。
 NEOPASA駿河湾沼津は眠らない。高速道路とともに、24時間動き続ける。
 その傍らに駐車したロードパンサーもまた、眠らずに整備を受けていた。
 整備のために派遣された社員達が小久保とともに出張整備を行っている。電源車が横付けされ、野外で機器の交換が行われていた。

 この光景も男の子の心を揺さぶる。待機する 石清水 いわしみず は、まるで芸術のように手際よく進められる部品交換に見入っている。
 夜間工事用のバルーン照明に照らされたロードパンサーの後部に半分身体を突っ込んでいた小久保が、顔をだして愚痴を言い出した。
「本来なら整備のために戻るべきなんですよ」
「それは僕のせいじゃないですよ」
 石清水は反論したが、小久保の眉の角度をさらにあげただけに終わった。取り外した14インチモニターを見せる小久保。一緒についているケーブルが揺れている。
「あなたのせいですよ! 見てください、このモニター!」
「なんて立派なカニ!」
 小久保が怒って詰め寄るのを、石清水はことごとく僅かな動きで避けてみせた。一発殴らせろと目が言ってるが、石清水は苦笑してすませた。
「焼き切れてますよ! モニターなしでどうやってこの一週間過ごしてたんですか」
「メインモニターがやられただけです。偉い人にはわからんのです」
「壊れたらすぐ報告しろと言ってるんです」
「すみませんすみません」
 小久保は時間外の勤務にブツブツ言いながら新しいモニターを持ってきた。
「形が違いますね」
「液晶になったんですよ。ブラウン管と違って向こうからの信号を変換するのが大変なんですから。モジュール全交換ですよ」
「ブラウン管。そういえば昔ありましたね」
 石清水の反応は、さらに小久保を怒らせた。
「今はほとんど生産されてないんですよ。あー、蓄積管まで壊れてる!」
「すみませんすみません」
 なんか言うとさらに怒られてしまうので、石清水は黙ることにした。ちなみに石清水がこの時間からこの場に配置されているのは、怒られるためである。逆に言えばそれぐらいで済んでいるのは、 艦橋 かんばし の采配によるところが大きかった。まあでも、怒られるぐらいはしろというわけである。
 いつの間にか空が明るくなりかけている。関東より少し早いかなと思いながら、石清水はそっとロードパンサーから離れた。近くにいても怒られるばかりである。
 立派で綺麗なトイレに行き、缶コーヒーを買って作業を遠目で見ながら飲む。スルガさんはこの一週間で随分と成長した。身体が動くようになった。
 自分も成長しないといけない。それに意味があるかどうかは分からないが、そんな考え自体が甘えだろう。
 一つの山に登頂したら、別の山の頂も見えるようになる。お笑いもまた、一つの山だ。その頂からなら政治という別の山を見ることもできる。やさしさという別の山の頂も分かるようになるかもしれない。
 大切なのは山に登ったという自信、そして山に登った経験で得た自分なりの物差しを持つことだ。物差しがあれば別の山を登る時も、ペースがつかめる。他の山の頂が見えれば迷うことなく登ることもできるだろう。自信があれば、くじけずもう一歩進むことだってできるだろう。
 問題は教える自分の方だ。お笑いの山は高い。頂なんて比喩表現で、おそらく誰も到着はしてないだろう。とはいえ、だがしかし。
 小さい子に物を教えるくらいは出来る程度になりたい。石清水はコーヒーを片手に思った。意地ってやつは自分にもある。そのためなら努力するとも。もっと前、大学生くらいの時にこのやる気が欲しかったが。

「おはようございます。早いですねー」
 知らない女の人が笑顔でそう言いながら近づいて来るので、石清水は蟹歩きで、避けた。
 笑顔の美人にはろくなことない。そう前に財布ごと現金、クレジットカードとキャッシュカードと病院の診察券を無くしてえらいことになったのである。
「あの、なんで逃げるんですか」
 女が呆然と言った。
「逃げてませんよ。ずれているだけです」
「なんでずれているんですか」
「男に理由なんて聞いてはいけない」
 石清水は脱兎のごとく逃げた。女は追いかけようとして、あきらめて頭を掻いている。
 そのまま小久保のところへ走った。
「小久保さん大変です。変な人が!」
「野外整備より大変な事があるんですか!」
「美女から話しかけられました!」
「おい!」
 小久保のツッコミはちと遅い。領主さまにも劣っているぜと思いつつ、石清水は避けた。後ろを見るが女は既にいなかった。まるで最初からいなかったかのよう。

「小久保さんも注意すべきですよ」
「何がですか」
「美女です」
「あんたねぇ」
 小久保はそう言って肩を落とした。
「いいですか。壊さないようにしてださいとは言いましたが、壊れた時に連絡するなとは言ってませんよ」
「すみませんすみません」
「メインモニターなしで今までよくやってこれたものです。今度からは……」
 小久保の説教を、石清水は遮った。
「まあ、ボケるほうはツッコミが予測できるので先行入力分有利なんですよ」
「あやまれと言ってるんだ!」
「すみませんすみません」