第二十三話
「ヌマヅさん」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ
 火事のあった通り

 数日後、火事のあった現場は復旧のために工事が行われていた。領主の命令だったが、誰もありがたがってはいない。ただ仕事にはなるので、人は集まった。

 身の丈4m半はある半巨人の娘たちが木々を担いで歌を歌う。その歌に、大妖精ほどの力はない。だが、楽しそうではあった。皆で歌い、絶技を振るって表面を削り、角材や丸材といった材木にし、地面に立てては盛り土をして踏み固め、柱とした。柱が出てくると今度は人間の娘たちが出て、壁材である煉瓦を組み立て、漆喰で壁を塗っていくのである。

「壮観だな」
 輝く窓の向こうで中年の偉丈夫、 木林 きばやし が楽しそうに言った。道路建設にも似て、とても楽しい。大きさの違う人間が協力している様は物珍しくもあった。
 木林の言葉を聞いて、作業の手を休める半巨人のお姉さん、いつもの大虎のお姉さんが嬉しそうに微笑んだ。
「そっちにそう言われると嬉しいね。上から目線でないのもいい」
 木林は笑いながら頭を掻いた。
「上から目線とはまた、日本風な表現だ」
「イワシミズが使ってた。偉そうって意味なんだろ?」
 大虎のお姉さんが材木を立てかけながら言うと、木林は笑うのをやめて声を掛けた。
「そうなんだがね。あまり綺麗な言葉じゃないし、エルス風でもない。そっちというかエルスに高速道路を造らせようという俺たちが言うのもなんだが、言葉まで真似しないんでいいんじゃないか」
 心配を豪快に笑い飛ばす大虎のお姉さん。髪を掻きあげ、後ろで縛る。馬の尻尾のよう。
「窓越しとはいえ、こうして喋っているんだからさぁ、仕方ないんじゃない? 影響を受けあうのは」
「そうか、そうかもな」
「それにガサツなあたしたちは元から綺麗な言葉なんてつかってないしさ。もー、絶技も威力が弱くてねー」
「ガサツじゃない」
 木林は NEOPASA ネオパーサ 駿河湾沼津に多種多様あるサイダーの一種類、ブラックサイダーの封を開けながら言葉を続けた。
「安全に気を使って仕事している」
 一瞬ときめいたか、大虎のお姉さんはそっぽを向いた。
「もぉ、何言ってんのよ。まあでも、ありがとう」
「いや」
 それにしても 石清水 いわしみず は、なんでこんなに素朴でいい人に手を焼いたのだろうか。木林は片方の眉をあげた。相性でもあるのか、どうなのか。
「何考えているんだい? キバヤシ」
「石清水くんがなんで君に手を焼いていたのか、分からなくなって」
 大虎のお姉さんは恥ずかしそう。
「あー。イワシミズはなんかこう、からかいがいがあって」
「なるほど。今度は正しく喜ぶように言っておこう」
 大虎のお姉さんは窓の向こうにいる木林を真っすぐ見ている。すぐ目を逸らした。
「あたしは年上の方が好きなんだけどね。あ、いや、変な意味じゃなくて」
 木林はニコッと笑った。この歳になるとこんなやりとりでもアバンチュールって感じだなと思ったが、表情には一切出さない。亀の甲より年の功である。
「それは嬉しい。ところであなたをどう呼ぶか、なんだが、ヌマヅさんでどうだろう」
「猫の王にちなんだ呼び名だね。可愛くていいじゃないか」
 実際は単に地名だったが、これまた木林は表情に出さなかった。悪い男なのだった。職場ではチョイ悪系オヤジと言われることも多いのである。
「それはよかった」
「それにしても、イワシミズ、あの裏切者はどうなったんだい?」
 腕を組んでヌマヅさんは言う。サイダーを飲みつつ、微笑む木林。
「裏切ってはないさ。実際彼は、君を助けた」
 そんなことは分かっているという様子でヌマヅさんは唇を尖らせた。分かってはいるけど、裏切り者だと思っている表情。
 おやおや、石清水君は意外にもてていたのかと木林は微笑んだ。まあ、弟が取られた気分なんだろうなあ。
「やっぱり裏切者さ。あんなやつ。家臣? は? 権力者にすり寄りやがって」
「すり寄ってはいないらしいけどね」
 木林の助け船にヌマヅさんはますます面白くなさそう。
「お笑いくらいしか芸がないくせに、そもそもあたしたちを助けようってのが間違いなのさ」
「そう言わないでくれ。あれであの光の矢を防いでみせたんだから」
 ヌマヅさんは、それも分かっていると表情で言ったあとで、肩を落とした。
「だいたい挨拶の一つも寄越せってんだ。薄情者さ」
「そんな暇もなくてな。領主さんはあれはあれで複雑だ」
「凶暴な子供さ。皆そう言ってる」
 木林はサイダーを飲む手を休めた。異動で職場が変わり、希望世界の情勢にはうとくなったが、それでも噂は入って来るものである。領主が立った一年前どころか半年前にもそういう話は出ていなかった。
「いつごろからそんな話になっているんだい」
「いつ頃って……いつだろ。いちいち覚えてない」
 面白くなさそうにヌマヅさんは言った。
「もういいだろ、そんな面白くない話」
「面白くないけど深入りしないといけない話ってのがあってね」
 木林はそう言ってサイダーを飲みほした。若い連中に任せているが、どうも経験が足りてないようだ。
 深入りしよう。木林は笑顔でそう思った。部署が違うとかそういうのは、この際考えないことにした。木林、一度かかわった仕事はいつまでも気にする人物である。
 彼は彼なりに情報を集める事とした。