第二十二話
「家来生活」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ 希望世界 エルス 駿河湾沼津

 風光明媚なNEOPASA駿河湾沼津の片隅で、 石清水 いわしみず はロードパンサーという機械の隙間に押し込められていた。いや、望んでここにいる。望んでこうなったわけではないが、今はそうではない。

 石清水はスルガさんにツッコミの極意を教えていた。人間が考えてから体を動かすまで0.2秒かかる。
 ツッコミとは、笑いとは、その0.2秒にどれだけ近づけるかだった。それが石清水の笑いの哲学であった。
「神速を目指してください。神速こそは、ツッコミの基本、そして、極意」
 低い声で朗々と石清水は言った。
「ツッコミって何?」
「それは教わるものではありません。自分で気づくものです」
 バルコニーのある広い自室の床に足をつけ、右手、左手と閃光を出しながらスルガさんは首をかしげた。一週間近くたってようやく、自分が何をやっているのか疑問に思ったようだった。
「ねえ、これ何になるの?」
「意味などありません」
 スルガさんは瞬間で怒った。閃光が石清水のアバターである小鳥の横を通り抜ける。
 避けられてスルガさんは衝撃を受けた顔をした。
「本気で当てたつもりだったのに……」
「今のはいいツッコミだった。だがもう少し、タイムを縮められるはず」
 石清水はロードパンサーという機械の隙間に押し込められながら、にこりと笑った。
「意味などなくていいのです。そんなものは、生きる甘えです」
「甘え……?」
「そう、甘え。人間は現状を肯定するために意味という道具を使う。時にその道具の奴隷に成り下がる。でも違う。そうじゃない。本当のお笑いは、もっと速い。意味なんてものが挟まらないくらい速い」
「でも私は大妖精よ。人間じゃないわ」
「こまけえことはどうだっていいんだよ」
 スルガさんがえぇーという顔をしたので、石清水は少し笑った。
「速くなってください。スルガさん。ツッコミの速い人間だけが見れる世界があります。そこはとても綺麗です」
 石清水は学生時代にステージに立ったことがある。大学の飲み会の余興みたいなステージだったが、とてもきらきらしていた。ああそう、あそこが綺麗だったことを、僕は何でスルガさんに会うまで忘れていたんだろう。
「綺麗なの?」
「ええ、とても」
「じゃあやってあげるわ。私、花とか大好きなの」
「それは良かった。花もいいですが、あの世界もとてもいいですよ。でもそこには自分で歩いていかないといけない」
「飛ぶ絶技があるわ」
「そんなものは甘えです」
「甘えじゃないわ、特権よ」
「いいえ、甘えです」
 スルガさんの不満そうなつり目を見て、石清水はことさら優しく言った。
「そんなもので人の心が動くと思ってはいけない。違う、そうじゃない。人の心が動くのは、落差があるから。楽の先に楽はありません。苦のあとにだけ楽はある。スルガさん、苦労してください」
 石清水の家来生活は、特訓の様相を示していた。特訓を受けているのは何故か領主である。周囲は笑うことも出来ずに凍ったが、石清水は気にしなかった。スルガさんは修行中である。まだ、人を笑わせるには力が足りないことは分かっていた。
 まあ、今出来ないからってずっと出来ないというのは甘えだろう。石清水はロードパンサーという機械の隙間に押し込められたまま微笑んだ。

「僕が教えられることは一つだけ。反応速度をあげることです」
 両手を広げて4匹の猫を腕に捕まらせたスルガさんに、石清水は言った。スルガさんは猫が重いのが、腕を震わせている。
「これ意味あるの!?」
「ない。全然ない」
 スルガさんは腕を上げたまま脚を使った。回し蹴り。石清水のアバターである小鳥は簡単にそれを避けてにこりと笑った。
「脚を使ったのはとても良かった。でも、もっと速くならなければ」
「無理、重い!」
 4匹の猫にしがみつかれたスルガさんは喚いた。
「甘えはよくない」
「私、領主よ!」
「それでも必死に生きなければならない。身分も立場も生きることには関係ない」
「猫を抱えるのが生きる事なの?」
「こまけえことはどうだっていいんだよ」
 スルガさんが抱いている猫たちがにゃーと鳴いた。
 スルガさんは猫を見た後、少し考えて、ちょっと笑った。石清水も笑った。

 スルガさんは猫を抱き上げたり背に乗せたりしながら猫の頭を撫でた。
「領主だって必死にならないとダメなのね」
「ええ。ダメです」
「でもその理由は教えてくれないんでしょう」
「ええ。教えません。それは教わるものではありません。自分で気づくものです」
 スルガさんは猫を撫でながら口を開いた。
「もし」
 スルガさんは顔を上げずに言葉をつづける。
「もし私が間違っていたら教えてくれる? 私、お父さまを亡くしてからずっと、どうしていいか分からなかった」
「教えるわけないでしょう」
 スルガさんは笑った。悲しそうで、寂しそうな笑い。やっぱりという笑い。石清水は高い計測機器に頭をぶつけたが、それでも冷静なふりをした。
「間違ったかどうかを決めるのはスルガさんです。他人じゃない」
「でも他人はみんな間違ったっていうわ」
「そんなことはどうだっていい」
「どうでもいいの?」
「そこに抱いている猫と同じです」
 猫がにゃーと鳴くのを見て、スルガさんは口を尖らせた。
「どうでも良くない」
「でも、猫のいうことばかりを聞いてもいられないでしょう」
「じゃあ、ちょっとどうでもいい?」
「自分で考えてください。でも、僕はスルガさんの味方ですよ」
「さっき突き放してた!」
「こまけえことはどうだっていいんだよ」