第二十一話
「親切」

〇川崎管制センター

 川崎管制センターでは、 艦橋 かんばし が顔をしかめながら 石清水 いわしみず とスルガさんのやり取りを見ていた。
 眼鏡がモニターの光に照らされて反射している。

「いいなスルガさん。僕もあんな風にレーザーで撃たれたい」
「それはかなり特殊な趣味ですね」
 後ろに座る小久保がそう言って、画面を覗き込んだ。
「昨日の技術会議で文句が出ていましたよ。貴重なロードパンサーを政情安定する 駿河湾沼津 するがわんぬまづ に使うとは何事かと。藤枝や掛川でこそ使うべきって」
「駿河湾沼津の政情が安定しているわけないでしょう」
 不機嫌そうに言う艦橋から椅子に座ったまま椅子を転がして離れ、小久保は口を開いた。
「僕が言ったわけじゃないですよ。そういう話が出ていた、というだけです」
「反論してください」
「反論したら色々ばれそうだから黙っていたんです」
 それもそうかと艦橋はため息。石清水が妙な事をスルガさんに教えているのも気になる。ああもう、なんで皆僕に協力してくれないんだろう。
 後方ではまた業者がやってきてコピー機のトナー交換をやっている。イライラしている時は細かいことが気になるもので、一々癇に障る。
 ため息、深呼吸、背筋伸ばし。いかんいかん。落ち着こう。

希望世界 エルス の駿河湾沼津が政情安定しているわけないでしょう。不審火の件もあります」
「そうなんですけどね」
 小久保は頭を掻いた。
「皆に焦りがあるんです」
 焦りねえ。岡崎と駿河湾沼津、くしくも新東名高速道路の両端に位置する場所は比較的復興が行われている。悲惨なのはその間の場所で、浜松、長篠は勿論、藤枝、掛川、遠州森町、静岡などは散々な状況だった。住民が一人だけ、という地域もある。
 各地の情報を集めている技術部が苦言を呈するのは分からなくもない。情報があれば向こうの人々の痛みを和らげることもできるだろうという事も、分かる。
 しかし、希望世界の復興計画に当たって希望世界の駿河湾沼津と岡崎はもっとも重要な地域であり、策源地だった。ここが荒れると復興計画全体が頓挫、もしくは大幅な計画変更を余儀なくされる。
 それぐらいは分かって欲しい。艦橋の思いが通じたか、小久保は顔をしかめて口を開いた。
「別にスルガさんの面倒を見るなって話じゃないんです。ロードパンサーをさっさと解放して欲しいというのが技術部の意見でして、対応している石清水くんを川崎管制に呼べばいいだけじゃないですか」
「部署変更の依頼は出していますよ」
 出してはいるが、受理されないように艦橋は小細工を重ねている。理由は一つ、スルガさんが何かをやらかしたときに、目撃者が少なくなるようにという配慮だった。ロードパンサーからの通信は川崎管制からは見えにくい。その分、情報漏洩が減るという考えである。
 艦橋が見たところ、スルガさんは絶技ネイティブらしく、呼吸するように絶技を使う。感情が爆発すると使う絶技も大きくなり、大きい絶技はこっちにも影響が出かねない。小久保が言うにはその前に世界間の接続が途切れるという話だったが、艦橋はそれを全面的には信用していなかった。
 なにせ、絶技とは未知の塊である。世界間を移動した例すらある。そしてそれが知られれば、大騒ぎになるのも確定だ。
 ただでさえ最近は一部の国会議員を中心とした希望世界支援の超党派会派という微妙なものが出来ている。これと国益が合体したら、どんな魔物が出て来るか分かったものではない。スルガさんの絶技より、ずっと怖い。

 せめて、希望世界の復興が進み、こっちの言いなりにならない程度に国力が回復するまでは秘密にしてやりたい。元々荒木さんや岩井さんが目指していた希望世界復興支援はただの親切、それ以上ではない。得とか損とか絡みだしたら同じく親切だけでやっている義勇社員たちも気の毒だ。そこから逸脱させないのが、僕の望み。
「親切は起き上がり小法師ですよ。小久保さん」
 唐突に艦橋は言った。小久保が難しい顔をした。
「どういう例えですか、それは」
「指でつついても直ぐに立ち直る。それが親切、それが善」
「はぁ」
「ところが起き上がり小法師に欲とか金とかを括り付けると倒れて起き上がらなくなるんです」
「まあ、それらがマスを持っていたらそうかもしれませんね。ところで、なんで親切なんです?」
「秘密です」
 小久保がいまだかつて見たことがないような難しい顔をした。艦橋は少し笑ってから、次なる小細工について考え始める。

 それにつけてもうらやまけしからんのは石清水だ。あんなに素直で可愛いスルガさんにしょうもないギャグを教えるなど言語同断である。いつかやつとは決着をつけねばならぬ。