第二十話
「春」

希望世界 エルス   駿河湾沼津 するがわんぬまづ

 3日後。

  石清水 いわしみず は機械の隙間に押し込まれるようにして席についた。ヘッドセットをつける。
 女の匂いがすると一瞬だけ思ったが、気のせいかもしれない。移動式のため仕方ないとはいえ、ロードパンサー内部は随分と窮屈な場所だった。
 右にも左にも上にも下にも男の子をくすぐるスイッチが並んでいる。ああ、端から押していきたいが、よくわからないものは触るなと厳命されている。
 石清水さんの生涯年収よりずっと高い部品が並んでいますよ。
 小久保は笑って言っていたが、目は笑ってなかった。壊すなという事らしいが、だったらこんなもん僕に触らせないで欲しい。
 身分というか部署の問題で管制室に入ることは許されていない。員数外の石清水が管制するために連れて来られたのが、高速道路上を動く NEFCO ネフコ のセンサー、ロードパンサーだった。本来管制業務などは与えられてないが、機能としては管制業務と同じことが出来るようになっている。センサーが希望世界の人を察知した時、接触を図ったりすることができるようにするためである。
「オートスペルキャスティング、ナンバー0、1、2、3、4スタート、5、6、8、コネクティブ」
 言われた通りパチンパチンとトグルスイッチを跳ね上げる。こんなんタッチパネルでいいじゃないかと思わなくもないのだが、UIもOSも市販品の流用はしていない。それのおかげでさらに価格が高騰している。なぜだろうとは、石清水は思わなかった。音声が聞こえてきて、意識を奪われたからだ。

”テンテケテンテンテン”
”テンテケテンテンテン!”
”テンテケテンテンテン!!”
”テン! テン! テン!”
 春だ。長い冬が終わったような気になる。何故かは分からない。今向こうでは冬の初めのはずだ。戦争のせいか、希望世界の夏は短い。
 まあ、今が冬だとしても春を呼べばいいかな。つまりお笑いだ。笑いは人を春にする。だからこそ新春特番は全部お笑いだ。それにしてもスルガさんをどう大人しくさせるか。いや、どう育てるかだな。このままではスルガさんは失脚するか、悪い大人の餌食になるだろう。強大な力を持っていても、いや、持っているからこそ悲惨なことになるような気がする。だから育ってほしい。とは言っても自分が教えられることなんかあるだろうか。たった一つ自信のあるものはあるが、それは就職する時、捨ててしまった。
 ゲーム機のジョイスティックを流用した操縦システムでカメラを動かす。山の上の宮殿、張り出したバルコニーの上に視点がある。

「お待たせしました」
 石清水はどう言っていいのか分からずに、そう言った。小さな人形にお話をしていたスルガさんが後ろ手に人形を隠した。ただでさえ悪い目つきをさらに悪くしている。
「遅っそーい! どれだけ待ったと思っているのよ!」
「いや、僕のせいじゃないですよ。機材の準備とか、制度の問題とか」
「私の家来ならそれぐらい、ピカッとやって、ピカッと!」
「はぁ。ちなみにピカッとって、意味はなんとなく分かるんですが、どんな感じですか」
 スルガさんは手から電撃を出した。
「こんな感じ」
「ピカッとだ!」
「だから、ピカッとって言ったでしょ」
 頬を膨らませて横を見る。後ろ手に隠した人形の脚が揺れていた。
「まあいいわ。許します」
「ありがとう、ございまーす」
「小鳥の姿で変な踊りしないで」
 あ、希望世界ではカメラは小鳥の姿なのねと、石清水は理解した。まあ、そのまま持っていったら向こうじゃ変に見えるだろう。
「で、無事に家臣になったのはいいんですけど。僕、どうすれば?」
「それは今から考えるわ」
 スルガさんは偉そうに言った。可愛いとは思うが、突っ込まずにはいられないのが石清水だ。
「決めときなさいよ!」
「だってこんなに掛かるって思ってなかったもん!」
「チッチッチ。こういう時は、なんでやねん。リピートアフタミー。なんでやねん」
「なんでやねん……これなに?」
「誇り高い戦士が違うという時に使います」
 そう言ったら、スルガさんは不意に顔をあげて顔を赤くした。奇襲を受けたようだった。
「私、誇り高いかな」
「なんでやねん」
 ピカッときた。石清水は瞬間で避けた。避け切った。
「あぶなー!」
「不敬罪よ!」
 スルガさんは喚いた。石清水はモニターの向こうで笑う。まあ、いいか。自分が自信を持って教えられるのがそれしかないなら、他に手などはない。
「なんでやねん。いいですか、これは不敬ではありません。なぜならなんでやねんは、誰に対して言っても罪にならぬ魔法の言葉だからです。でも、今のピカッとは良かった。あの神速のツッコミはいける」
「なんにいけるの?」
「それが分かったら、スルガさんは立派な領主です」
「今でも立派な領主よ! 今度こそ不敬罪!」
「遅い。ピカッとが遅い。あとそこはなんでやねん」
「なんでやねん!」
 素直で可愛いじゃないかと石清水は微笑んだ。目つきが悪いのは良い武器だろう。自虐もいけるというのは、笑いでは強い。
「見事……じゃあ、今日はここまでで、また来週」
「ちょっとまて小鳥、焼くわよ、こんがり焼くわよ」
「今のはまあまあのツッコミです」
 素直なスルガさんはそう言われてちょっと困った。
「ツッコミって何?」
「裁判なしに判決を下す魔法の言葉です。ただし、ルールがあります。1秒です。ボケから1秒。出来れば0.5秒以内に欲しい」
 ピカッとした。
 モニターが焼けた。これ僕悪くないよねと脂汗をだらだらと流しながら石清水は考えた。