第十六話
「絶技」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ

 額から血を流したまま、 艦橋 かんばし は無表情でバックヤードに 石清水 いわしみず と小久保と 木林 きばやし を連れて行った。
 挙動不審に左右を見る石清水。
「ど、どういう事だってばよ?」
「キャラがぶれていますよ。石清水さん」
「血出てますよ」
 小久保の突っ込みに艦橋は無表情のまま口を開いた。
「世の中には優先順位があります。分かりますか」
 小久保と石清水は互いに互いの顔を見ている。何のことか分かってない様子。
「木林さんも聞いてください。皆さんの身の安全に関する重大な話です」
 艦橋が言うと、残る三人は互いの顔を見た。
「まず。これから先、皆さんの身の振り方によっては命が狙われる可能性があります。そしてこれは冗談でも、嘘でもない。小久保さん、あなたは 希望世界 エルス からこちらにどんな影響を与えうると思いますか」
 名指しされた小久保は当惑した表情のまま、艦橋に威圧される形で口を開いた。
「こっちから向こうに、なら技術や概念を授けることができますわな。それで向こうを良くすることはできるでしょう。 NEFCO ネフコ はその中でも道路関連の技術供与を考えています」
「こっちから向こうじゃなくて、向こうからこっちです」
 艦橋の言葉に、ため息をつく小久保。
「分かっています。整理のためです。向こうからこっちについて言えば、あまり有用なものはないでしょう。例えば向こうの一部で使われている絶技。あれをこっちで唱えても何も起きない。この世界に絶技の基礎になるリューンというものがまったくないせいだと、言われています」
「向こうの絶技がこっちに影響与えるとしたらどうですか」
「研究しがいがありますね」
 真顔で小久保は言った。艦橋はこれだから研究職はという顔で、小久保を指さした。
「はい、小久保君死んだー。アメリカかどっかの情報機関に撃たれた」
「え、え? いや、撃たれないでしょ」
「撃たれますよ。あるいは撃たれた方がいいということになります。なぜなら」
 背の高い木林が腕を組んで口を開いた。
「希望世界と接点があると現時点で確認されているのは日本の、それもNEXCO中日本の管轄する高速道路のうち、東名と新東名の海老名から岡崎までのSA、PAのみ」
 艦橋は元上司に頭を下げた。
「そうです。現状、日本だけが異世界との窓を独占している」
 小久保は口を尖らせた。
「我が国は独占してませんよ。さっき車の中でも話したじゃないですか。大学でも広く海外の研究機関と連携してますと」
「まあ、幽霊騒ぎくらいならね。でも実利があるなら、話はまた別です」
「そんな事は……」
 小久保が言いかけて、木林と石清水が同時に口を開いた。
「もしかして」
 石清水が、木林の言葉を継いだ。
「さっきの奴ですか。白い布が膨らんだやつ」
 艦橋は小さく何度か頷いた。この期に及んで艦橋はハママツの世界移動については口にしていない。その件はもっと秘密にすべきことだった。
 白い布と言われ、小久保がそんなのあったのという顔をしている。
「ビ、ビデオみなきゃ」
 艦橋は走り出そうとする小久保の肩を抱いた。
「さっきの僕の話、聞きました? 慎重になってください。さっきのビデオは全部破棄すべきです」
「いや、でも世紀の大発見かも」
「政治的問題があります」
「そんなの政治家に任せればいいんですよ!」
 小久保は口走った後、艦橋の血に濡れた眼鏡を見上げた。そのまま口が凍る。
 艦橋が、怖い。
「我が国の政治家が国益のため最大の努力をするとは思いますが、それを言うなら他国でも同じです。もう一度言いますが、慎重になるべきです。この件は慎重にならざるをえないインパクトがある」
「布が動いただけですよ」
 小久保はあきらめきれない顔で言った。あきらめられないというより、研究したいと顔に書いてある。
「希望世界の地形がぐちゃぐちゃになってるのは知ってるでしょ。あの領主さまに誰かが北京かワシントンDCのあたりを耕してほしいとか言ったらどうするんですか」
「それは研究しがいがありますねじゃない。嘘、嘘です!」
 小久保は悲鳴をあげた。艦橋が肩を抱いたまま、笑顔で力を入れている。
「もう一度いいます。慎重になりましょう。僕より悪い人は沢山います。それは分かってください」
 艦橋は木林と海パン姿の石清水を見た。石清水が震えたが、これは風のせいであって艦橋の視線にやられたせいではない。
「慎重になるのはいいが、うまくいくかな」
 木林は確かめるように口を開いた。なんでもすぐ試したくなるのは木林の悪い癖である。
 艦橋は相変わらずだなと木林を睨んだ。
「いつまでもうまくいくとは思っていません。隠し通そうとすらも思っていません。僕はうまいことうまいところにパスを通したいだけです。僕の平穏も壊さず、日本も壊さない形でしかるべきところに重要な情報をパスしたいんです」
「なるほど。隠し通すというわけでもないなら出来るかもな」
 木林が返すと、石清水はもう一度震えた。
「じゃ、そういうことで。そろそろ服買いに行ってもいいですか」
 艦橋は中指で眼鏡を押した。
「石清水さん。君が一番怪しいんだ」
 石清水は激怒した。
「えー! ちょっとまって、今の流れだとどう考えても、その肩を抱かれている小太りの人が翌日死体で見つかるパターンでしょ」
「こんなところでこんな季節に海パン穿いているほうが怪しいんです」
「こっちには海より深い理由があるんだ!」
「ほお」
 艦橋と石清水、のちにコンビを組む二人の出会いは決して覚えめでたいものではなかった。むしろ、出会いは最悪だった。