第十四話
「スルガさん」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ

 財布と服を無くして帰ってきたら、白い布に囲まれた場所から、清々しい顔で 木林 きばやし が出てくるのが見えた。
「上手くいったよぉ。 石清水 いわしみず くぅん、なんで海パンなの?」
「詳細は省きますが色々あって命からがらです」
NEFCO ネフコ の社員教育はどうなってるんだぁ?」
 サイダーで半巨人と語り合う木林にそんなことは言われたくなかったが、致し方ない。
 何故なら僕は無一文。
 何故なら僕は目の前の木林から金を借りて服とスマホを調達せねばならぬ。
 この際説教の一つも受けてやろう。石清水は心の中だけは上から目線で実際には平伏の上、事情を語ることにした。
「聞いてください。それが聞くも涙、話すも涙で」
「まあ、事務所で聞こうか。その格好で土下座はなんだ、貸してもいないのに借金の取り立てに見える」
 木林は歩きながら口を開いた。
「それで、なんでこんなことに」
「それがですね、聞いてくださいよ。昼飯を食いに行ったら海パン穿かされて変な宗教の人に絡まれたんです」
「何を言ってるんだ。 希望世界 エルス にだってそんな事は聞いたことないぞ」
「それがあったんですよ! で、ついてはですね」
 高速もみ手した瞬間に、木林が嫌な顔をしたが、言う前からそんな事言わないで下さいよぉと泣きついた。
 弱ったのは木林だった。引っ張られて格好いいレザージャケットも肩からずれている。
「NEFCOに 藤前 ふじまえ という社員がいて……」
「ああ、はい。川崎支社の方でもある意味有名です。その人」
「彼が俺に金を借りに」
「僕は無駄遣いが理由じゃないので余裕でセーフですよ」
「借金は借金だ。まあ、藤前の場合、彼女と入籍するつもりで役所に行ったら、あいつ金を210円しかもってなくて彼女に婚姻届けに必要な戸籍謄本発行の手数料450円を借りたという話でな」
 藤前って人はすごい人だなと、石清水は正座、海パン姿で思った。僕には真似できない。
 お前も負けてないぞと木林は目で語ったが、割と必死な石清水には通じなかった。
「まあいい。とにかく目につくからあの白い布の中入ってろ。車回すから服買いにいくぞ」
「ありがとうございます! ごちになります!」
 これだから今風の若者はとぶつぶつ文句言う木林を横目に白い布に囲まれた場所に入って、さて、あの巨人のお姉さんどういう顔してるんだと思ったら、設置されたモニターの向こうで大騒ぎが起きていた。
 爆発、悲鳴。走って逃げる人間の波。向こうは夜になっており、上がる炎が目に眩しい。
「ちょ」
 モニターにかぶりついて目を凝らす。火事か。まあ、あれだけ人口密集してたら火事くらいは起きてもおかしくないか。
 逃げ惑う人々の中に半巨人のお姉さんたちが立ち往生しているのが見えた。いつものお姉さんも逃げるでもなく立ち止まってしまっている。
「お姉さん逃げなきゃ!」
 モニター掴んで揺さぶって言ったら、お姉さんがこっちを見た。音声は途切れてないらしい。
「でも」
「でもも何もないです。まずは避難ですよ!」
「あたしが動いたら人間踏んじゃう!」
 半巨人のお姉さんたちはそれで動けなかったらしい。意外に心優しいんだなと思ったが、いや、感心してる場合じゃない。
 石清水は海パンを絞って海水を落としながら頭を巡らせた。そう、この状況はあれだ。大喜利だ。
「ということで、屋根の上を走る半巨人と解きます」
「意味わかんないわよ!」
「屋根を踏んでも人間は死にませんよ。屋根の上に上がって逃げましょう。皆にも伝えてください」
「や、屋根の上に乗るなんてはしたない」
 横向いて顔を赤くする半巨人のお姉さんを見て、石清水は鼻で笑った。
「酒飲んで道に寝転がってる方がはしたないですよ」
「黙れ異世界人。皆! こっちだ!」
 半巨人たちは意を決して壁を登り、美しい屋上の上を歩き始めた。一部彫刻が壊れ屋根を踏み抜いたりしているが、焼け死ぬよりはいいだろう。良かったよかったと思ったら、遠くで綺麗な歌声が聞こえて来た。
 なんだ。と思ったら。希望世界の空から小さい光が降って来る。次の瞬間、モニターが焼き付き、スピーカーの音が割れた。

 それは閃光と爆発だった。
 石清水は海パン姿のまま、目が! 目が! とどこかの悪役のような事を言いながらさまよったが、幸いにも高いところに居なかったので尻餅をつくだけでよかった。

 爆発と巻き上がる爆風で火事を消し止めた目つきの悪い少女が、透き通る翼とともに空中から一枚の羽根のごとく地面に着地する。翼を消す。可憐ではあったが、その後はあまり可憐でもなかった。目つきが悪いし、口をへの字にしてこっちを見ていたのである。目が合う。
 それが運命の出会いになろうとは、石清水はまだ、知らぬ。

 少女が頬を赤くした。
「あ、あんたイワシミズ!?」
「あ、はい。そうですけど」
 少女はすごい目つきでこっちを睨んでいるが、石清水には訳が分からぬ。
「えっと」
 嘘です。訳分かりました。爆音に耐えるために腹に力を入れ、力を入れた関係でお腹がきゅっとしまり、つまり海パンは所定の位置から……。

 石清水は土下座した。一日に二回で、どちらも彼が原因ではなかったが、これはもはや彼の運命とも言えた。石清水、即ち天然の巻き込まれ体質である。
「すみません」
「ゆ、許す」
 顔を赤くして横を見た少女こと、領主であるスルガさんは言った。私のことを目つき悪いとか言った刑がこれとは、日本という国も残酷な事をする。
「まあいいわよ。なんか、領民の避難誘導とかしてたし」
「ありがとうございます。ところでどなたでしょう」
 モニターが踏まれたらしく、少女の裸足が画面に大写しになった。ぷにぷにしてそう、いや、そもそも土踏まずがないぞと石清水は妙なところを気にした。
 なんで踏むんだろう。
「何か、ありました?」
 直後に顔が大写しになった。
「あんたが悪口言った領主さまよ領主さま! スルガさん!」
「僕が大酒のみ以外に悪口言うわけがないじゃないですか」
 真顔で返されると、スルガさんちょっと弱い。え、でも、と横を見た。
「でも、NEFCOのカンバシが言ったのよ。あなたが私に目つき悪いとか性格悪いとか爆発で街焼いたとか言ったとか」
「言ってません。あったこともない人に性格悪いとかいいませんし、僕の奥さんのほうが目つき悪いです。あと、今の爆発は爆風で火を消したんですよね。油田火災対策でこっちでもやりますよ」
「そ、そうなの?」
 スルガさんは、そう言って、ちょっと小さくなった。両手を胸の前に合わせてもじもじしている。
「性格悪いとか言ってないことは認めます。あと私のやってること、ちゃんと解説できたのあなたがはじめてかも。家来に取り立ててあげるから光栄に思いなさい!?」
「なんで疑問形なんですか」
 スルガさんは照れた。
「じゃあ、命令よ」
「だが断る!」
 石清水は会心のギャグですよという顔で言ったが、希望世界では、ちょっと早かった。