第十二話
「目つき」

希望世界 エルス  駿河湾沼津
 希望世界の駿河湾沼津は港町である。元来の港町ではない。世界大戦級の絶技戦が起こり、かつての陸地が海に沈んだ結果だった。戦闘騎という化け物を恐れて、山に街を造り、そこからおっかなびっくり下に降りてきているのは希望世界の岡崎と同じである。

 希望世界の復興は、人間以外の種族がいるか、いないかで随分と差の開きがあった。岡崎にしても駿河湾沼津にしても、巨人や半巨人がいたせいで、ずいぶん楽だったとされる。中でも駿河湾沼津には大妖精というかつての支配種族がいたせいで、いち早く復興をしていた。ここでは絶技のありなしが、強く影響している。
 復興の遅れている希望世界の浜松などと比べれば差は歴然であり、希望世界の駿河湾沼津は飛びぬけて復旧、復興が進んでいた。これより進んでいるのは海老名だけではないかという話もある。

 実際、食料を消費してつくる酒の製造も再開しており、既に食べるには困らないような情勢を確立することが出来ている。分業も進み、金銀などの実体とはいえ、貨幣経済も復活していた。
 ところが希望世界の駿河湾沼津は、先行きが不透明である。

 希望世界の駿河湾沼津の領主、スルガさんは目つきが悪いことをいたく気にする12歳である。好きなものは甘いものであり、嫌いなものは辛いもの。苦手なものは陰謀だった。
 好き嫌いは別としても、この苦手なものと彼女の年齢が、希望世界の駿河湾沼津の未来を暗いものにしていた。
「私が子供だからって、なんだっていうのよ!」
 友人代わりの魔法ロボット、ペコットを話し相手に、スルガさんは文句を口にした。当然、文句を言う姿など他人に見せられないので、場所は自ずと決まってくる。スルガさんがお喋りする場所は山の街の頂上にある城の豪華な寝室、天蓋付きベッドの上だった。
「あー。ムカツクムカツク。魔法でふっ飛ばしてやろうかしら。お父様がいた時はへこへこしてたくせに、何よあの態度。全員脳を破壊して、屍兵にするわよ」
「そうですね!」
「でしょー。でも、私、優しいからそんなことしないんだ。お父様も言ってたわ。お前はかんしゃくさえ起こさなければいい子だって。だからかんしゃくを起こしてないの。いいと思わない?」
「そうですね!」
「うん」
 そこまで言って、寝巻姿のスルガさんは”そうですね!”しか言えない魔法ロボットを放り出した。枕で音が洩れぬように押さえつけ、ベッドの上で転がって一人泣く。昼間、カンバシから目つきが悪いとか言われたのが悔しかった。確かにそうかもしれないけれど、悲しい。

 なんで領主なんかしてるんだろう。絶技で敵を吹き飛ばせるから? それはそうかもしれないけれど、それだけというのは、とても悲しい。何か別の、そして特別な自分の価値というものが欲しい。それがあればみじめな気分ではなく、ぐっすり眠ることができる気がする。
 落ちた涙に絶技をかけて、異世界の様子を映し出す。スルガさんのささやかな楽しみ。最近は世界間の距離が近いのか、わずかな力で簡単に窓が開いた。
 今日は何を見ようか。ああ、そうだ。目つき悪いとか言った本人を見よう。
 ささやくように風に願いを言って、涙の粒は映像を映し出した。目つきの悪い目をさらに悪くして、スルガさんは涙を見た。

 男が濡れた下着っぽいものだけを身に着けて、異世界の街の中を走っている。泣いてる。

 なんだこりゃ。いや、というか。いや、さすがに、これは。
 相手が異種族とはいえ、なんというか恥ずかしすぎる。カンバシはすでに罰を与えたようだった。しかしいや、これでは死刑よりひどい辱めではないか。

 うわー。
 隠してない手で顔を覆いながら、スルガさんは顔を真っ赤にして動きを止めた。
 そうですね! と枕の下でペコットが言った。