第十一話
「海」

NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ  の、近く。

 NEOPASA駿河湾沼津から、直線距離で3キロメートルもない地点にある海水浴場、 千本浜 せんぼんはま 海水浴場。その海の中では敗北感に胸を一杯にした 石清水 いわしみず が浮かんでいた。

 今はもう、すべてが空しい。オヤジがいいってなんすかそれ。
 病院で転がってればよかった。もう駄目だ。クラゲだ。俺は海のクラゲになる。そしていつかはキング・クラゲとなって笑いの世界に君臨する。
 そう思って口から夢とか希望の残りかすを吐いていたら、頭が柔らかいものにぶつかった。沈む。海水飲む、大変な事になる。沖にあまり流されてなくて良かった。なんだと思って立ち上がって顔をあげたら、ビキニ姿の女性であった。

 あれ、幻想交流って、現実の方には女の子出ないんじゃなかったっけなと、石清水は意味不明の事を口走ったが、要はそれぐらい錯乱していた。女は美人だったし、今年の流行かどうかは分からぬが、フリルが大量についた水着は、なんというか、目のやり場に困らなかった。石清水、ガン見である。
「おっと、すいません。疲れていたようです」
 石清水は額に手をあてながらよろけて見せた。水着の彼女は5秒ほど動きを止めた後、笑いだした。
「違いますよ、違いますよ。僕この番組がドッキリだって知ってますから」
 石清水の弁明は流された。女は笑っている。
「モルダー、あなた疲れてるのよ」
「そう、それだ」
 石清水は女の手を握った。長い髪をアップにした彼女は、動きが止まっていたが、5秒かけて、笑顔になった。
 随分どんくさい人だなと石清水は思ったが、実際のところ石清水の動きが派手にぶっ壊れていた可能性はある。少なくとも普段はそういう動きをする人物ではなかった。おっさんに負けるわ半巨人の娘に無視されるわ、しらないところで濡れ衣着せられていたりしなければ、である。
「すみません、まさか他に泳いでいる人がいるなんて」
 女は謝った。確かに暦の上では秋であり、夏休みはとっくに終わった平日である。着替える場所もシャワーも閉鎖されているときて、なんか嫌なことでもないと人の姿はないはずだった。実際泳いでいるのは石清水だけで、彼の場合は泳ぐというより浮いていただけだった。
「ああ。それは、そうですね。ぶつかるなんてすごい偶然だ」
 石清水はニコ生のカメラを探したが、見つからない。なんだ。何が起きた。
「何かお探しですか」
「いえ、確かに誰もいませんね」
「今日はずっとこんな感じでした」
 女はそう言った。朝からいるのかなと、石清水は頭を掻いた。
「そうでしたか。あ、僕石清水です」
「私、イトウと言います」
「イトウさん。いい名前ですね」
 石清水は適当なことを言って海から上がった。なぜか女もついてくる。
「あの、何か」
「いえ、あの」
 イトウはそわそわした様子。石清水は大宮廷にて脳内会議を開催した。

石清水A:あー。僕は新婚ですが何か
石清水B:神だよ、神はいたんだ!
石清水C:だからドッキリだって
石清水D:おっと、すいません。疲れていたようです
石清水E:あの胸はたいへんけしからん

「あの、何か」
「いえ、あー。脳にも裏切られたというか、おっと、すみません、疲れていたようです」
 女の顔がこわばったのを見て、石清水は不思議に思った。ん。恋のはじまりにしては随分と険しい顔だったぞ。
 ちょっと待っていていてくださいと言われて女は止めてあった軽自動車に走って行った。
 戻ってきたら経典とホーリーシンボルらしきものを渡された。手を握られる。
「へもへもさまがあなたを導いてくれます。悩みがあるのでしょう。私に話してください」

石清水B:神だよ、神はいたんだ!
石清水A:やばい
石清水C:やばいやばいやばい
石清水D:おっと、すいません。疲れていたようです
石清水E:やばいやばいやばいやいやばい

 脳がやっと仕事して、石清水は海パンのまま走って逃げた。全力だった。こういうのにからまれるくらいなら半巨人のお姉さんとらちの開かない話していたほうがまだマシというものだ。