第十話
「スルガ」

○川崎管制センター

 川崎管制センターでは、ちょっとした騒ぎが起きようとしていた。
 いや、今から騒ぎを起こす、と 艦橋 かんばし は呼び出しボタンを押したのち、席を立った。
 モニターに映し出される、目つきの悪い幼い印象の女の子。これで領主さまである。ちなみに NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ にいくと彼女のポスターが飾ってある。

  希望世界 エルス の駿河湾沼津の領主は、人間ではなく大妖精と呼ばれる人間に類似した魔法種族である。幼女、とまではいかないが、幼い印象のある少女であり、本人は領主についたからもう大人だという立場をとっているが、この意見はあまり支持されていなかった。
「すみませんでした!」
 艦橋が勢いよく頭を下げると、モニターの向こうの領主は、びっくりした顔をした。名をスルガさん、という。もちろん NEFCO ネフコ 側がつけた呼称であり、本名はまた別にある。希望世界では名は伏せられるものであり、異世界の人間だからといって軽々しく口にして良いものではなかった。
「なになに、どうかしたの?」
「実は城下で騒ぎが起きてまして」
「あー。高速道路建設用に雇った半巨人でしょ。最近雨続いてて地盤がまだ固まってなくて、暇してるのよ」
「ええ。まあ、でも」
「でもってなによ」
「目つきが悪いとか、うちの社員が口走ってしまい」
「なん、だと」
 この領主、自分の目つきが悪いことをいたく気にしており、言われるとすぐ破壊魔法を使う悪癖があった。彼女の癇癪で吹き飛んだ山や島は数えるだけで20を超える。それでいて人を一人も殺したことがない、ある意味魔法の天才だった。今回その才能が認められてトンネル工事を請け負うことにもなっている。NEFCOの異世界復興計画では重要な人物だった。
 それが、怒った。というより、艦橋は怒らせた。
「私のどこが目つき悪くて、性格悪そうなのよ!」
 目じりを指で引き下ろしながらスルガさんは喚いた。艦橋は頭を下げたまま、微動だにしない。
「性格が悪いとまでは言ってないですが、うっかりそういう言葉が出たのは事実です。すみませんでした!」
 実際には、そもそも目つきが悪いなんて話は出ていない。艦橋の作り話である。しかしここで怒って貰えないと事態収拾という名目で現地である駿河湾沼津にいけないし、現地の社員の上司である岩井を引っ張り出すこともできない。
 すべては艦橋が自らの保身というか身の安全のために打った手である。ついでに日本の未来もかかっているような気がしたが、艦橋は無視した。取れない責任は取らない! 取らないと言ったら取らない! である。

「好きでやってるんじゃないもん!」
「まったくです」
 足を踏み鳴らして怒るスルガさんに、艦橋は顔を上げずに言った。
「ついては、失言したこちらの社員を更迭するために現地に向かいたいと思います。どうか、お許しください」
「いらないわよ。そんなの」
 スルガさんは恐ろしい破壊の歌を紡いでいた。お待ちくださいと艦橋が土下座する。もとより心の導火線は誰より短いものの、心優しいところもあるスルガさんは、その姿勢を横目で見て唇を尖らせて歌をやめた。
「別にカンバシが悪いわけじゃないでしょ」
「いえ、私が悪いのです」
 ほんとになと、心の中で呟いて、艦橋は顔を上げた。
「この上は責任をとって、直接本人を連れてきてお詫びさせます」
「そ、その人が私見てやっぱ目つき悪いじゃんとか言ったらどうするのよ」
 スルガさんは目じりを指で押さえながらそう言った。艦橋はにっこり笑った。
「そちらからは手が届きませんが、こちらは届きます。とにかく許可をいただきたい」
「あ、うん。でも、絶技で髪をチリチリにするくらいでいいから」
「ははー!」
 艦橋は頭を下げながら、あれ、小さい子とはいえ騙すと意外にダメージがくるなと思った。いや逆か。小さい子を騙すとなんか猛烈に悪いことしてる気がする。