第一話
「駿河湾沼津」

  NEOPASA駿河湾沼津 ネオパーサするがわんぬまづ は、新東名高速道路のサービスエリアの一つで、遠くに駿河湾を望む高台にあり、地中海の港町をイメージしたデザインをしている。
 もっとも、どちらかと言えば地中海よりも 希望世界 エルス の同地の方がより近い印象をしている。これは偶然の一致ではなく、NEOPASA駿河湾沼津上り線に使われた色とりどりの布を使った天幕を希望世界側が取り入れたからだった。希望世界の者に、布の天幕はとても洒落たものに映ったのである。
 同様の例は 遠州森町 えんしゅうもりまち にも見られ、あちらの方はもっと大規模に日本の習俗や技術を取り入れようとしていた。
  NEFCO ネフコ という NEXCO ネクスコ 中日本とドワンゴの合弁企業が、このNEOPASA駿河湾沼津に期間限定で希望世界の風景を見せるモニターを設置したのが半年ほど前のことである。多くの者が特に興味もなく前を通り過ぎて行ったが、中には足を止めて驚く者もいた。
 絵が、動いている。まさかのアニメ化……でもない。
 実はこれ、絵ではなく希望世界の風景を映すライブビューだった。

幻想交流

 かつて、高速道路の建設が国家の一大事業であった時代。掘り起こし、見つかってしまったものが異世界である。
 異世界は当時のセンスのためか希望と名付けられ、そのうち誰の注目も浴びなくなった。世の中は事件に満ち溢れ、巨人がいる程度で特にこれといって何もない異世界の風景は、高度経済成長と、バブルと、そのあとのあれやそれやで流されていった。そもそも道路上で異世界が見えるとドライバーの注意が逸れる可能性があり、このために異世界が見えてしまいそうな場所は、埋められてしまった。
 それから半世紀過ぎて、新たに高速道路を建設していると、またも異世界が見えてしまう事件が発生してしまった。対策のために関連会社NEFCOが作られ、社員によって異世界側との交流が始まり、そうして今にいたる。
 豊かになり、余裕も出来て、今の日本は実利ばかりを追い求めなくても良くなっていた。昔の日本とは違う付き合い方で、希望世界との交流は今も続いている。

 それで、NEOPASA駿河湾沼津である。
 NEFCOの社員である 石清水 いわしみず は、ここのところライブビューイングの不具合修理という名目でこの数日この場所で、対処を行っていた。
 ライブビューイングのモニターが置かれている、ぷらっとパークの一角。ここにモニターが設置されたのは、高速道路の利用者以外も希望世界を見ることが出来るようにしようという配慮である。
 ところが現在その場所は周囲2mに白い布をかけて周囲から見えないようになっており、仲ではトラブル対処が口頭で行われていた。具体的には白い布に囲われた場所にパイプ椅子が一つ。ここに座って石清水は仕事をするのである。
 仕事は中々、捗らぬ。
 近くのホテルとこのSAを交互に行き来する毎日である。ああ、東京に戻りたい。石清水は新婚だった。
 ちなみにその不具合というのが、窓の向こうの希望世界側で、困ったお姉さんがライブビューを興味津々で日々長時間眺めて、変顔したりだらしない格好したりというものであった。まあ、希望世界でもこっちが珍しかったのであろう。仕方ないは仕方ないが、当初の展示コンセプトとまったく違うものなので、不具合認定となったのである。
「もう駄目です。あのお姉さん今日も朝から飲んだくれて窓から離れてくれません」
 石清水は携帯電話を取り出すと、泣きながら上司の大久保に泣きついた。泣きながら泣きつくとはと、窓の向こうのお姉さんは腹を抱えてゴスゴス笑っている。

 ちなみにゴスゴスというのは、地面を叩く音である。身体が大きいので、擬音も普通とは異なるのだった。ちなみに希望世界で酒樽片手に大きな目で日本を眺めるお姉さんの背は4m半ばほどある。美人は美人だが豪快系、ついでに笑うと、ちょっとだらしなく見える。無意識か、ひどく甘い顔をしてしまうからだった。
「いいじゃないか、見ても減るもんじゃなし」
「だーかーらー。いいですか。もう一度最初から言いますよ。こっちじゃ酒をおいしそうに飲まれる風景を見せられても困るんです。飲酒運転絶対ダメ」
「大変だね異世界は」
「いいからもう、離れてくださいよぉぉぉ」
 モニターの枠に手をかけて崩れ落ちながら石清水は言った。もう帰りたい。奥さんが離婚届を家に置いて出て行ったら絶対訴訟してやるという状況だった。いいか、絶対だぞ、会社も訴えるが目の前の半巨人、お前もだ。
 ほぼほぼ同じようなやり取りを続けて、4日になる。
 モニターに映るお姉さんは、酒樽を片手に笑顔。最近はあのお姉さんの同僚のお姉さんも入りだして、大盛り上がり、美しい風景を見せようというNEFCOとしては企画倒れどころの状況ではなかった。
「別のところで宴会しましょうよぉぉぉぉ!」
「えー、だってここ、面白いじゃん」
 恥じらう乙女のような顔で言うが、酒が100リットルばかし減っているのを石清水は見逃していない。

 どうして、こうなった。