第十八話
「ナガシノ」

 ナガシノという少女は、 希望世界 エルス 屈指の大激戦区となった上陸作戦の地で生まれた。
 海が前進し、なにもかもが大津波に呑まれた直後、かつて陸地だった場所に現れた戦列鑑、その上に立った絶技使いたちが準備砲撃を行い、山がちだった地形は一変した。
 爆発でえぐられ、月面のようになった土地。
 それでは不十分と上陸用舟艇が続々故意に浅瀬に座礁して戦闘騎と絶技使いを上陸させる。
 直後に潰されていたと思われていた砦や陣地から強烈な反撃が始まった。
 血で血を洗うような戦いが三日三晩行われ、戦いは勝敗を定めぬままに終わった。

 ひどい、戦いだった。
 人間が数名でも生きていたことが奇跡だった。
 だが数が少なすぎた。他の地域のように再び増えるだけの人数がなかった。
 それから、わずか三世代で、幼い子供一人をおいて生き残りも全滅した。残る幼子を拾って育てたのはこれまた一頭の戦闘騎で、主なきまま、守るものを探していたところだった。
 互いを必要とし、一人と一頭は姉妹として育った。

 それから幾ばくか、 長篠設楽原 ながしのしたらがはら PA建設予定地に新たに<窓>が作られ、二人が発見されたのは2013年になる。
 まだ幼い娘が一人だけいることを、一際人情に厚いこの地の人々は遺憾に思った。立ち上がったのは地域の老人たちである。おじいちゃん、おばあちゃんたちが連日工事現場に向かい、長篠設楽原PA完成後はぷらっとパークを利用して窓を見ては、ナガシノと呼ばれることになった幼子を支えだした。
 ナガシノには友も親もいなかったが、遠い地の爺、婆は沢山いた。
 未だ危険な希望世界で、地元の爺たちは戦国時代の知識を教え始めた。この地は歴史の教科書にも出てくる戦国時代の大激戦地であり、土地柄あって保存会や語り継ぎによる継承がよく行われていた。さらに爺の年金が山ほど使われて日本の有名どころの武術師範達が招かれ集められ、少女には武芸十八般が徹底して教え込まれた。
 婆達は食料の加工の仕方、生活の技を叩き込んだ。悲しみの多かった日本という長い歴史から生み出された、生きるための知恵である。
 沢を見つけるコツ、ガスがなくても煮炊きする技、山の中で山菜を採り、必要であればどんぐりの灰汁を抜き、あらゆる環境で生き延びる技が与えられた。
 この地の親切は底が抜けており、こうして遠からず消えていく爺、婆に可愛がられて遠い彼方の地でメイドインジャパンが3年の時を経て作り上げられた。生き残ったことが奇跡、戦闘騎に拾われたのが奇跡なら、ここに第三の奇跡として、希望の中にメイドインジャパンが生まれたのである。
 もはや NEFCO ネフコ ともなんの関係もない、ただのいい話であった。

 先天的に絶技の素養のない妹のため、姉が絶技を使用して希望世界に本来ない鉄を錬成し、爺婆の知識で火縄銃と 当世具足 とうせいぐそく を生産し、ただ一人の少女に過剰ともいえる装備を供給した。

 そうして出現した戦う様は一騎当千。それがナガシノである。
 どんな時でもどんな場所でもしたたかに生きて、いつか花を咲かせるために生まれた、目下希望世界唯一のメイドインジャパン。

 それが、小太刀を二刀流に構えてゆるりと歩いている。
 襲いかかられる瞬間に足で砂を蹴って目潰しを掛け、その勢いで前進、懐に飛び込んで首から頭にかけての急所に小太刀を突き立てる。殺しはしない、盾になるから。
 周囲の戦闘騎の様子を窺いながら冷静に玉と玉薬の入った早合の口を切って玉を込める。追加でもう一発。二発の玉を入れた。

 今度動き出したのはナガシノが先だった。短筒をぶっ放し、即席の散弾として二発を至近距離で打ち込んで敵と突撃を破砕したところを逆襲に転じ、続く一太刀で喉笛を斬った。歌が謡えねば絶技も使えぬという簡単な理屈である。日本の戦国時代という異世界のファンタジーが、絶技という希望世界の戦場常識を蹂躙し、粉々にした瞬間だった。

 戦闘騎が下がった。そのまま撤退に転じる。勝つときには饒舌だったが負けるときは無口になるらしい。ナガシノは侮蔑の表情を浮かべたが、それだけで追いはしなかった。追撃が一番戦果をあげられるのは知識として知っていたが、一度も帰ったことのない里の爺婆は喜ぶまい。

「立てるか」
 ナガシノはハママツをみてそう言った。
 臆病なハママツからすれば嗅いだこともない玉薬の薫りを漂わせる少女に、戦闘騎以上の恐怖を感じたが、口に出してはなにも言えなかった。
「あんた、誰?」
「NEFCOからなにも聞いていなかったのか。味方だ。さっきも言ったが私はナガシノ。あれなるは私の姉上。シタラだ」
「戦闘騎だよ?」
 ハママツの言葉を聞いて、ナガシノは頬に濡らした手ぬぐいを当てながら妙な顔をした。火縄銃は火縄や発射時の衝撃の火花のせいで、顔の片面に小さな火傷をつくるのである。
「……だからどうしたんだ」