第十四話
「再生(3)」

 どんな組織も生まれた瞬間に自己防衛に動き始める。それが組織というものの通弊である。同時に組織は生まれた瞬間から余裕を失っていく。最適化とは余裕の消失を意味しているからである。
 だから、新たな目的が生まれたとき、新組織が作られる。同時にどんな組織も、たとえ目的を達成したあとでも生きながらえようとする。それは組織の本能である。

 個人の思いを無視して 俯瞰 ふかん すれば、建設中の高速道路に現れる幽霊問題をどうにかする目的を達成した NEFCO ネフコ は、今組織の本能に従って生き残ろうと動き始めていた。そのためなら目的自体が変わっても構わない。これまた個々の事情を 斟酌 しんしゃく せずに俯瞰していえば、その通りになっている。

 しかし。

 個別の事情にいちいち斟酌しては組織統治なんかできはしない。元社長レースに乗っていた身として、難しい話だ、勝ち目の薄い勝負だと 和歌 わか は思っていたが、NEFCOの取締役会は会議の結果、岩井の案に、乗った。NEFCOを生きながらえさせ、異世界復興を支援する組織として生まれ変わることを決断したのである。

「どんな魔法を使ったんですか」
 会議が終わったあと、歩きながら和歌は岩井に尋ねた。
 岩井は微笑んだ。
「ドワンゴが本腰を入れることになりました」
「どうして」
「善を金で買える機会はそうないですと言いました。買いましょうと言ったらひどく笑われてね」
 それでドワンゴが本腰を入れたという結果が、繋がらない。
 目で続きを要求すると、岩井は笑った。
「いや、文化が違うから、伝わるかな。それで、面白い、責任もってやってみろって話になって」
「面白いで本気がだせる会社があるのか……」
「ま、感謝して、利用してやりますよ。たとえおもしろ半分の偽善でも、本当に人を助けられるなら、それは本物の善です」
 和歌は青く見える岩井の瞳を見て、口を開いた。
「確かに文化が違いますね。うちでは絶対にそんなことは許されません。日本を支えている自負もある」
 そう言いながら、和歌は岩井の手を握った。口も表情も厳しかったが、確かに手を握った。
「自分で収益を得ないといけません。それが最低条件です。その上で社会貢献を前面に押したてて、行けるだけ行きます」
「お願いします」
 岩井は瞳をそらさず頭を下げた。

 ドワンゴはNEFCOをコンテンツにした。
 ニコニコ動画で情勢と鮮明化した幽霊を流し始めたのである。超会議で情勢を説明するブースを作りもした。
 打てば響く鼓のように、ユーザーが動き出した。
 すぐに絵師が描いてみたの動画が生まれ、曲がつくられ、歌ってみたの動画が、和太鼓で叩いて見たの動画が流され、PVを押し上げ始めた。
 世論が、動き始める。
 地元のことだと、愛知、静岡の有名絵師が協力を申し出た。それが引き鉄になって続々と援軍が現れた。これら援軍を義勇社員と呼んでそれ相手のグッズを売り始めた。収益はNEFCOの維持と異世界復興に使われる。エコシステムが完成したのである。

 和歌はドワンゴの動きを最大限利用した。話題性と人気を材料にNEXCO中日本との折衝を繰り返し、第二東名の観光資源として利用する一方、宣伝事業として打ち出し、SAPAのマスコットキャラとしてのグッズ収益でNEFCOを賄うと事業を再構築する形で話をまとめあげたのである。
 異世界支援は、必要経費となった。

 2013年元日。NEFCO社員234名、義勇社員と呼ばれる1個525円の有料バッジと安全ヘルメットをつけた1800名のお調子者の異世界救援者を加えた2034名はまだ建設中の岡崎SAに整列した。

 テンテケテンテンテン……

 もはや皆の知ることになった曲と歌が聞こえて目の前の空間に歌声と巨人の幽霊が顕現した。
「どうしたの、指定して呼び出して……ん?」
 2034人全員で一糸乱れぬ動きで胸に手を当てる敬礼を行い、最前列から一歩前に出た和歌が巨人を見上げた。

「いつか、助けてくれるなら嬉しいと言ったな」
 巨人の幽霊は目を細めた後、にわかに慌てだした。
「え、え?」
 和歌は優しく口を開いた。
「助けるために、支援するために、偽善を本物にするために、 俺たち NEFCO は生まれ変わった。これからここにいる2034名と、背後にいる無数の義勇社員たちで、復興支援を行う」
 なぜか巨人の幽霊は顔を真っ赤にした。
「お、奥さんいるって言ったじゃん」
「それとこれは関係ない!」
 和歌は突然降り懸かった家庭危機を手を振って追い払おうとした。背後の社員たちが我慢できずに吹き出した。
 自らも顔を真っ赤にして手で顔を隠す和歌を置いて、猫を抱いた岩井が笑って巨人に頭をさげた。