第十二話
「再生(1)」

  岩井公平 いわいこうへい はドワンゴ出身の NEFCO ネフコ の社員である。
 かろうじてサラリーマンではある。ただその心には綺麗な羽根が生えていて、いつも勝手に出ていった。
 それで、半白の髪の下ではどこかトボケた顔をしている。心、ここにあらずというやつである。
 お陰で、よく部下を不安に陥れた。部下どころか、家族も往々にして不安になった。
 本人としては反論があるが口にしたことはなかった。言葉では人を説得できないと、思っているようでもあった。

岩井は顔をあげた。巨人が見学台の上の 和歌 わか と言葉を交わしている。
「ここまでは、予告通りだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
 岩井は参列席を立って歩きだした。 艦橋 かんばし 現上司 和歌 元上司 岩井 を交互に見た後、現上司の方へ走った。

 2011年、年初。巨人の幽霊と接触、コミュニケーションが成立した。
 相手方はおしゃべりが好きではなかったが、それでも過去50年と比較して莫大な量の情報がこちらの世界に、日本に入ってきた。
 1960年代後半に 希望 エルス と名付けられた異世界の悲惨な窮状が知られるようになった。
 過去に第三次世界大戦級の戦争が起きたこと。大規模破壊魔法でインフラが徹底破壊され、人的損害は集計が不可能な状態であること。自律兵器が大量に放出され、50年以上経った今も動き続けていること。
 関係者を鼻白ませるに十分な内容だったが、それだけだった。
 政府も、民間も、NPOも、誰も手助け出来なかった。何故なら文字通り、手の届かない異世界のことだったからだ。
 どうしようもない。
 この件、これで終わり。あとは巨人の幽霊と交渉してこちらに強く姿を見せないようにするだけであり、NEFCOは目的を達成して解散となるはずだった。

 岩井は、ここから猛烈に働きだした。
 早朝から職場に入り、古参の部下も見たことのないような勢いで仕事を始めた。
 ドワンゴ時代からの部下の一人、 香取 かとり は最初それを、早く本社に戻りたいのだなと思っていた。
 まあ、名古屋の食事は、うまいのはうまいが中高年には、つらい。味が濃くてこってりしたものばかりだからな。
 香取はそう納得したが、その日の午後の会議で企画書を出されて吹き出した。
“希望世界支援プロジェクト”
 岩井は年甲斐もなく腕を組んでどうだ、僕、いい仕事したよという顔をしている。
 香取は企画書の表紙を見た後、手で巨大な × バツ を作った。
 岩井が体を傾けた。
「まだ表紙しか見てないだろ」
「駄目に決まっているじゃないですか、どうやって助けるんですか」
 香取とて、希望世界の話を聞いて気の毒だと思いはした。とはいえ、だがしかし。
「こっちは自衛隊どころかブルドーザー1台、技術者1名だって派遣できないんですよ」
「だからってあきらめるべきではないと思うよ」
 岩井は心が身体に戻ってきたような顔で言った。つまり普段のとぼけた顔ではなく、真顔でそう言った。
「いや、あきらめるでしょ」
「なんで?」
「なんでって……」
 香取は言葉を失った。こちらを見つめる岩井の薄い色の目が青く見えるほど輝いている。
「なんで」
 香取は大きく息をつくと、椅子に座った。わからずやめ、こいつは長丁場になりそうだ。
「無数に助けられない理由がありますよ。今から順番に言いますよ」
「ありがとう。言ってくれるのはとても嬉しい。その問題を全部やっつければいいんだろ」
「……岩井さん、人間の寿命が無限にあるとか思ってます!?」
「いや。僕は数学苦手だけど算数はできるほうだ。問題が多くても取り組む人間の数が増えれば解決するはずだ。数は力だよ」
「解決に4ヶ月かかる問題が1万あったら」
「10万人動員すればいい。一月いらない」
 香取は腕を組んだ。片目で部署を見渡す。全員が作業をとめてこのやりとりを注視している。
 なるほど、俺以外は既に巻き込んでいたか。
 香取は鼻の頭に皺を寄せた。順番が違うでしょと怒鳴りたい。最初に味方に引き入れるのは俺でしょ。
「俺をいれても調査部16人ですよ」
「だが、異世界だからこれでいいと思っていない人間はもっといるはずだ」
 香取は腕を組んで椅子に座りなおした。
「俺たちは企業人です。親会社がでかいからって援助は期待できませんよ。異世界救う金を高速道路の収益からまかなうなんて許されない」
「ではまず、そこから解決しよう」
「あんた頑固だな!!」
「知らなかったかい?」
 岩井は言った。香取はその顔をたっぷり見た後、ため息。
「知ってましたよ。でも次は、俺に、俺こそ最初に話をしてください」
「分かってるよ。副部長」