第十話
「夜勤」

 いつの間にか、星が出ていた。
 絶壁の表面に杭を立てて作った細い足場”だけ”の街で、少女は細長い寝床に横になって、月を見ている。
「ねえ、 標霊 ひょうれい 、そこにいる?」
“いるよ。今日は夜勤なんだ”
「夜勤って何?」
“寝ずの番、かな”
「へえ。火か何か守っているの?」
“……君を守っている”
 少女は身を起こした。
「声だけで?」
“……絶対そう言うと思った。ああ、そうだ。こっちは声だけだ。でもな”
「ふむふむ」
“気概はある”
 少女はため息。また寝ころんだ。
「つまり、実際は守れないと。全然駄目じゃん」
“違う。高速道路は最強の武器だ”
 頬を膨らませる少女。
「もー、なんのことか全然わかんない」
“絶対そう言うと思った。……道路は武器になると思うかい?”
「なるわけないじゃん」
“そうだ。だが歴史には複数の実例がある。空前の大帝国や周辺すべてを敵対勢力に囲まれた国が、よく出来た道路を敷設して、戦争や国の維持、統一に使った”
「うーん。どうやってそれやったか気になるけど。それが? 標霊となんの関係があるの?」
 標霊は一瞬怒ったようだったが、すぐに優しく言った。
“どんな些細な力でも、使い方次第だ。僕は、僕たちは、 NEFCO ネフコ は君に声しか届けられない。でも、それだけではない。君の最強の武器は僕たちだ。そうなれるように努力している”
「ふーん」
“本当だぞ”
「あ、そうだ。じゃあ寝れないからさ。なんか眠れるような気分にしてくれない?」
“よぉし、少し待ってろ”
「どうしてくるのかなー」
“本気でやってるんだからな。こっちは”
「別にそこは疑問持ってないわよ。単に、どんな風にやるのか、興味あるだけ」

 音楽が流れてきた。
 びっくりした顔の少女。すぐに笑顔になる。
「いいじゃない。これ」
“僕が聞いている曲だ”
「吟遊詩人雇ってるんだ。お金持ちだね」
“CDなんだが。いや、気にしないでいい”
「私も吟遊詩人になるんだ。いつかお金持ちのところにあがって、愛人になって子供産んで大金持ちになるのが夢なの」
“……非常にけしからん話だ”
「人の夢にケチつけないでよ」
“つけるだろ! こっちは良識ある大人だぞ。いいか。まず金持ちの愛人、これが駄目だ。むしろここだけが駄目だ。絶対”
「どこが、何が?」
“……君には幸せになって欲しい”
「えー。ほんとに? その割にはいつも私に文句言ってるよね?」
“言うだろ。いいか、とにかく、絶対、愛人とか駄目”
「男一人占めしてたらそれこそ駄目だと思うけどなぁ。あ、でも待って。今思いついたんだけど、標霊の世界って愛人食べられたりするの?」
 涙をのむ音が頭の中に聞こえた。
「あれ、泣いている?」
“泣いてない……くそ、何が 希望世界 エルス だ。僕は、いやNEFCOは手伝うぞ。そんな状況、僕は認めない。認めてなるものか”
「なんかよく分からないけど、盛り上がってるね」
“戦争で男女の構成比率が著しくおかしくなっている話は聞いている”
「あ、うん。私が生まれる前だから全然実感ないけどね。まあいいや。私は寝るから、あんた黙っていて」
 また標霊は怒ったが、すぐに優しい言葉になった。
“……音楽はいるか”
「吟遊詩人の人に悪いからいいや」
“大丈夫。機械……いや、こっちの魔法でやっているものだから、気にしないでいい。よく眠るんだぞ。歯は磨いたか”
「うるさーい。明日はもう旅に出るんだから黙って」
“ぐ……”
 音量を下げた音楽がなり始めた。
 少女は目を瞑ったままにこっと笑って、寝ることにした。